□地獄の沙汰も彼次第
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冷や汗をだらだらと流している俺の横で、土方くんはカチリとライターの音をたてて煙草を吸い始めた。漂ってきた匂いに胸が締め付けられる。

煙草は決して好きではなかったけど、土方くんが吸うなら別。煙たいのも服に匂いが付くのも不快じゃなくて、むしろ別れて家に帰った時にその残り香に慰められるくらいだ。

しかしそれが今失われる危機にある。無理だ。絶対に、無理!

「な、なんで別れるなんて言うんだよ…」

冷静に言うつもりだったのに声が震えてしまった。ふーっと紫煙を吐く音が溜め息に聞こえて、俺はますます平常心を失っていく。

「テメーが俺のこと好きじゃねーからだよ」

「それはねーよ!!絶対にない!ありえませんっ!お天気お姉さんに誓ってもいいよ!?新八と神楽に証言させてもいい!!」

あまりに心外な台詞を聞いて慌てて土方くんに向き直った俺は、首を横にがんがん振りながら必死に否定の言葉を繋げる。

なんで俺の愛が疑われてるのか全くわからない。俺が土方くんのことを大好きだってのは、もはや江戸中どころか銀河系全体にすら知れ渡っているであろう事実なのに。

「本当は俺よりお天気お姉さんとかの方が良いんだろーが」

「そんなわけねーじゃん!お天気お姉さんは俺にとって癒やしキャラみたいなもんで…」

「俺と一緒にいんのは無料で甘味が食えるからなんじゃねーのか?それか単なる後腐れのねェ性欲処理の相手なんだろ?」

「なんでそうなんのォォォ!?」

土方くんの両肩を掴んで揺さぶらん勢いで詰め寄った。きっと青くなったり赤くなったりと忙しく変化しているであろう俺の顔を、土方くんは見ようとしない。
横に背けられた無表情な顔を俺は穴が開くほど見つめる。こっち見ろよって呟いたけど無視されてしまった。

なんでだ、俺はこんなに拒絶されるような何かをしでかしたのか。そりゃたしかに「割とまとまった報酬あったから昼飯奢ってやるよ!」と無理やり土方くんに休みを取らせてデートの日取りを決めたくせに、パチンコで増やそうだなんて欲深いこと考えて全部すっちまったのは大変申し訳なかったと思う。

けども、それは俺が毎度毎度なんの学習もなく繰り返してるポカなんであって、馬鹿やろうと怒られるならともかく、まさか土方くんが泣きそうになったり別れを告げてくるような状況になるとは夢にも思っていなかったのだ。

怒ったっていいよ。殴るでも蹴るでも頭突きでも、受け入れる覚悟は出来ている。でも、こうして拒絶するのだけはマジ勘弁。俺、頭から溶けて消えちまいそうです。

頭の中はまだ復旧作業中で回転が良いとは言えない状態だったけど、とにかく土方くんの誤解を解くことが先決だ。肩に置いた手に熱がこもる。

「ごめん、約束破ってマジごめん。でも土方くんのことを好きじゃねーからとかそんなんじゃなくて、ただもっと金増やして良いモン食わせてやりてーって、ただ、それだけだったんだよ」

「…口でならなんとでも言えんだよ」

あァ、俺はどうしたらいいんだ…。取り付く島もないってこういうことを言うのか、と一つ賢くなったところで何の救いにもならない。心がバキバキと音をたててひびいっていくのを感じる。

「帰る…。退け」

吸い殻をポケット灰皿に入れて懐にしまった後、土方くんはゆっくりと俺の手を下ろして立ち上がった。

俺は、動けなかった。

行ってしまう。
大切な人が去って行こうとしている。

「じゃァな」

低い声と足音が頭の中でガンガン響く。目すら合わせられなくて、何を言っても受け入れてもらえなくて、なんかもう一方的に関係を絶たれて…つまり俺は捨てられちゃったってことですか。絶望的ですか、これ。

いや、待て。まずは落ち着こう俺。そもそも土方くんは大きな勘違いをしているんだから、それを何とかしさえすれば晴れて元サヤにおさまれるはず…。

ってその誤解を解こうにも俺の言葉を信じてもらえないから今こうして困り果てているわけで…。

あ。そうだ、体に解らせるっていうのはどうだろうか。俺の溢れんばかりの愛をぶち込めば!

馬鹿やろう!無理やり組敷いたりしたらまた「後腐れのない性欲処理相手」とか思われちまうじゃねェか!!ていうか何?俺っていつもそんな自分本意なプレイしてた?そりゃ余裕なくして荒っぽくなったりもするけど、土方くんだって悦んでたわけだし別に問題があったとは思えない。

あァ…なんか思い出したらムラムラしてきちまったんですけど…。俺は、一体どうしたら良いんだ!!

天パ頭をかきむしっても、答えは出てこなかった。
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