□抑止効果
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一日中降っていた雨が止んだ。

雲の退却は迅速で、すぐに夕焼けた赤ら顔の太陽が俺たちの教室を照らし始めた。
そんな中に二人きりだなんて、ありがちだけどロマンチックで悪くない。

…悪くはないけどなにもない。もちろん今のところはってことだけど。 

「なー土方ー」

俺が机に伏せていた顔をあげると、土方は日誌に顔を俯けたまま「んだよ」と言って、どこか間違えたのか消しゴムで紙の真ん中の方を擦った。
真新しい消しゴムはそこだけ少し黒くなって、夕陽で焦げたように見えなくもない。

生真面目な土方は、俺なら30秒で書き上げてしまうようなクラス日誌をもう10分近くかけて埋めていた。
そして俺は頼まれたわけでもないのにそれに付き合っている。決して暇だからじゃない。寸暇を惜しんでの愛の行為だ。

報われやしないけど。




こっち向けよ。言いそうになって口を噤む。

鬱陶しがられたら傷つくのは俺だし。
大人しくそのまま、オレンジ色を反射する黒髪に見惚れた。
芯のある直毛が羨ましい。手で梳いたら気持ちが良さそうだ、とその感触を想像する。

「なんだっつってんだろーが」

黙った俺に苛立ったのか、土方がぶっきらぼうに言葉の続きを促した。

中途半端なところで止められるのが我慢ならないんだろう。…あ、なんかソレそそるかも。

「いや、あのさー、最近剣道部の調子はどうよ?」

まさか思っていることを言うわけにもいかず、適当な言葉を見繕った。
引退してから1ヶ月以上経ったが、土方は今も受験勉強の合間を縫っては後輩の指導に励んでいる。
なんでも長年ライバル関係にある高校との交流試合が近いらしい。
おかげで俺はたまにしか一緒に帰ることが出来ず、悶々とする日々を送っているのだ。

引退しちまったらこっちのもんだと思っていたのに。人生ってままならない。なんなら勉強も間に合わない。
愛しの土方と同じ大学に行きたいけれど、俺の頭では難しいだろうと担任にも予備校のアドバイザーにも言われた。

だから部活が終わるまで土方を待っていたいけれど我慢して、せっせと受験勉強に励んでいるわけだ。
今日だって本当はさっさと予備校に行かなくてはならない。
けれど、日誌を書く間だけは…。そう思ったのだ。

「…悪くねーよ」

そんな俺の気持ちなどお構いなしに、土方は素っ気なく呟いてそれでおしまい。
俺も「そっか良かったねー」なんて思ってもいないことをぼそりと返し、黙った。




何を書こうか悩んでいるのか、土方はまだ顔をあげない。
長くしなやかな指の間で、シャーペンがくるくると回っている。
いくらなんでもクラス日誌に真剣になりすぎじゃなかろうか。
そろそろ横顔を舐め回すように見詰めるだけの自分がいたたまれなくなってきた。

触りたいし、可能な距離だ。でも【触らないで下さい】オーラが見える気がして、自重。

臆病なんじゃない、慎重なのだと胸の内で何度も繰り返してきた言い訳を重ねる。

黒髪が眩しい。
夕陽が教室中に広がっていて、俺の頭は土方でいっぱいで、そしてこいつの中を占めているのは一体なんなのだろうか。
いつか俺でパンパンに破裂しそうになればいいのに。
何をどうしたらそんな結末が見られるのか。
いつも出ない答えを今日こそはじき出そうと、机に突っ伏した。






短編集BL

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