□きてれっつ
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「お前、応援してくれんじゃなかったのかよ」

土方が潤んだ瞳で俺を睨み付けた。少し怯みそうになって、でも受け止めた。ここを越えなければ俺たちは幸せにはなれないのだ。きっと後になって二人の笑い話になるだろう。
土方を安心させるように口角をあげて応じる。

近い位置での攻防。なんなら今すぐ口付けてしまいたいくらいに俺の気持ちは高ぶっているが、やはりそこまでの思い切りはまだなかった。焦りは禁物、何事も順序が大事なのだと頭の中で呪文のように繰り返す。

「…だって無理だろ?近藤にはすげー好きな奴がいて、しかもそれは女で、お前の入る隙なんか少しもねーんだよ。いい加減わかれよ」

「わかんねーよ!」

離れようとした土方の肩を強く掴んで引き戻した。

「なんだよ!離しやがれ!!」

「嫌だ」

腰を浮かせて俺から逃れようとする土方を両腕で包むようにして抱き締めた。背丈は同じだけれども力は俺の方が強いから、土方の抵抗はあまり意味をなさなかった。

身を捩るのを止めた土方が俺を見つめる。開いた瞳孔に凶悪さは感じられず、そこにはただ驚きと焦りが見えた。

「おい、何の真似だ!」

「俺でいいじゃん」

「何を…」

「俺なら土方のこと大切に出来るよ?」

耳元でそう囁くと、呆気に取られたのか土方は体を堅くして黙り込んでしまった。

その強張った体を優しく両手でさすりながら首筋に鼻を寄せてなぞり上げると、土方は小さく身じろいだ。シャンプーの匂いが愛おしかった。

俺を寝不足にした欲望が、少し先回りして激しく活動を始めた。頭に血が上り、反対に下がっていったものは下半身の一点に集結する。もう何もかも準備は万端のように思われた。

あとは土方の口が開くのを待つだけだ。俺は土方のイエスを信じて疑っていなかった。俺たちは愛し合って幸せになるのだ。だってそれが俺の使命で、正しい方程式なんだから。

頬に頬を触れあわせ、抱き締める腕の力を強めた。俺は涙が出そうなほどの幸福を感じていた。今にも弾け飛びそうな欲望は放たれる時を待ち望んでいた。

あと、たった一言。

それさえあれば…





「…近藤さん…!」

俺の頭に響き渡って全てを打ち崩したのは、何度となく聞いたあの男の名前だった。

予想外の出来事に今度は俺が呆気にとられる番だった。硬直した俺の体から土方は素早く抜け出して、その拍子に倒れた椅子を直しもせずに2、3歩遠退いた。

かち合って留まった視線を先に逸らしたのは俺だった。見ていられるわけがなかった。土方の瞳に宿っていたのは間違いなく拒絶の意志だったから。

正しいはずの方程式が導き出したのは、最悪の解答だったのだ。これでは使命を果たせない。俺は混乱した。

「幸せに…するのに」

「あの人じゃねーと、駄目なんだ…」

「なんでだよ…傷つくだけじゃねーか。お前も…、俺も」

俯いて吐いた言葉は泣きたくなるほど情けなく震えていた。上下に巡っていた血は見えない傷口から流れ出して、俺の体は温もりをなくしていた。欲望は絶望に一瞬で喰われてしまった。

「それでも、諦めたくねーんだ」

消え入りそうな俺の声とは逆に、土方は力強くそう言い放った。そして俯いた俺の視界に汚れのない上履きが音もなく現れ、上げようとした頭は労るように撫でられて動きを止めた。

「すまねェ」

落ちてきた言葉はきっと雨の源だった。それは俺の後頭部から染み込み、少しの時間をかけて目まで辿り着くと、数滴の雫となって床に降っていった。土方の上履きにも一滴落ちて、真っ白な生地はそこだけ小さく色が変わった。

土方は気付いていたのかいなかったのか、何も言わなかった。






「じゃ…また明日な」

暫く俺の頭を撫で回した後、土方はそう言って倒れた椅子を直してから教室を出て行った。返事の出来なかった俺は、一人になった教室で思いきり鼻を啜って頭を抱えた。

明日、一体どんな顔をして土方に会えばいいのだろうか。
あんなみっともない言葉を吐いたこの口で、何を話せばいいのだろうか。

俺はもう生きる意味を失ってしまったのに。

このまま誰かに首を落としてもらいたいと、大分本気で思った。









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