話
□ぷろぽーずすかい
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「銀ちゃん来てヨ!すごいアル!」
「あー?なんだよ、結野アナでもいんの?」
窓から身を乗り出して外を眺めていた神楽が、唐突に振り向いて自分を呼んだ。少し舌足らずの興奮した声。俺はコタツから出るのが嫌で、とりあえず声だけを返した。外から吹いてくる風が冷たくて身を竦ませる。
「いいから早く来てヨー!」
「いやー…寒ィんだもん」
窓を開けることだって自分は反対したのに、家主の発言を無視した神楽は止めなかった。しかも「空気入れ換えないと私までダメな人間になるアル」という憎らしい台詞つきで。だから余計に神楽に従ってコタツから出ることには抵抗があった。
新八さえいれば身代わりにして寝た振りでもしていれば良いのだが、生憎今は買い物に出ている。肝心な時に使えない奴だ。いや、こんな寒い中買い物に行ってくれている時点で大分使えるか…。そんならいっそ2人欲しい。買い物用と、身代わり用。
「とっとと来いヨコノヤロー!」
神楽はそう言って俺のドテラの首ねっこを掴むと、持ち前の馬鹿力でコタツから引きずり出した。どこでそんな汚い言葉遣いを覚えたんだ!と叱ってやりたくなったが、ほぼ確実に俺の口癖がうつったのだろう。子育てって難しい。
「空を見るアル」
今にも放り出されそうな状態で窓の外に上半身を突き出された。寒いのに加えて恐怖感で全身に鳥肌がたつ。抵抗するよりはさっさと終わらせてしまおうと、言われた通り空を見上げた。
上空に広がっていたのは、何の変哲もない明るい青空だった。ハッとするほど空気は澄んでいて、寒さに少し馴れると気持ち良さすら感じられる。
「これがプロポーズされた時の気分アル」
「プロポーズ?まァ…そうかもね。されたことねーけど」
納得したようなしないような返事をして、体が引っ込められるのを待つ。やっぱり寒い。早くコタツで暖まりたい。しかし神楽の手は俺の上半身を戻してはくれなかった。
「本当にわかったアルか?」
「…よくわかりました」
だから早く家の中に入れてくれ。
「それで」
まだあるのかよ、勘弁してくれ神楽。言いたいけれど口を噤む。
顔の横から、すっと細っこい腕が伸びてきた。これのどこに成人男子を持ち上げる力があるというのか、全く宇宙ってやつは底知れない。
「それで?」
早く終わらせてもらおうと続きを促すと、伸びた腕の先で小さな手が遥か彼方の空を指した。つられてそちらを見やる。
「あれが、マリッジブルーなのヨ」
自慢気な声が後ろから聞こえた。たしかに薄い雲が空を覆い、この真上の空と繋がっているとは思えないほどの陰鬱さを醸し出している。
「なるほどねェ」
心底感心した声で言ってみせると、満足したのか部屋に引き戻された。ぴるる、と耳元で風が鳴って体が震えた。慌てて窓を閉めてコタツにスライディングイン。全身が冷え切っている。風邪をひいたらどうしてくれよう。
「銀ちゃん情けないアル」という声が聞こえた気がしたが無視をする。頭以外をコタツに入れて部屋に残る冷気から身を守った。少しずつ体が人間らしい温度を取り戻していくのがわかる。コタツ考えた人はマジで偉い、握手したいくらいだ。
「ぷろぽーずすかい」
と、再び俺を見下ろした神楽が言った。さっき見せた空の総称なのだろう。やることはゴリラだが心は乙女なのかもしれない。
「銀ちゃん、また下らないこと考えてるアルな」
いつの間にかすぐ側にいた神楽が呆れたような顔で俺を見下ろしていた。俺は家主だぞ、もっと敬えコノヤロー。とでも言ってやりたいが、そこは大人の男の余裕でぐっとこらえる。
「でも銀ちゃんには一生縁のないものかもしれないネ」
「まァされるんじゃなくてする方だし」
「違うヨ。銀ちゃんみたいなダメ男にプロポーズされたらその瞬間に暗雲たちこめるアル」
「………………」
前言撤回。素行はゴリラ、心は悪魔だ。なんだってこんな化け物みたいな子に育っちまったのか。そんなに俺は人としてダメなのか。
「ねぇ銀ちゃん。私がお嫁に行ったら結婚式でボロ泣きしてみんなからドン引きされちゃうアルか?」
傷ついている俺に構わず神楽は突拍子もない質問を投げかけてくる。こんな色気もデリカシーもないわんぱく娘を貰いたがる男などいるのだろうか。ジャングルにすらいないんじゃなかろうか。
「まァ…するかもね」
その男性の勇気ある行動に感動して、という言葉は呑み込んでおいた。
「ただいまー、タイムセールで牛肉勝ち取ったんで今日はすき焼きにしましょー」
「きゃっほォォォ!」
両手にビニール袋を持って鼻の頭を赤くした新八が帰ってくると、すき焼きという言葉によって結婚のことなど頭から吹っ飛んでしまったようで、神楽は奇声を上げて跳ね回った。微笑ましくて僅かに頬が弛む。
お前はずっとそのままでいいよ、とダメな娘をそれでも愛して止まない父親の気持ちで、思った。
終
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