□ここにいるはる
1ページ/1ページ




昨日までの寒さが嘘みたいだ。

ブレザーで身を守る必要なんてない程、今日の世界は暖かくて、柔らかくて、心地良い。

とうとう卒業式が明後日に迫っていた。

風紀委員である俺たちは、毎年荒れ狂う式がなんとか無事に終わるようにとここ一ヶ月近く対策に励んでいた。毎日遅くまで残って危険人物のリストアップや身体検査の練習、もちろんそれに平行して通常の仕事。果ては日曜日に避難訓練までやる始末で、もうみんな体力と気力の限界を迎えていたのだ。

それを見かねた委員長が前々日である今日をイメトレと体力回復の日にしようと言ってくれて、久々にゆっくり出来る午後が訪れた。

そして、それでも仕事をしようとする土方さんを無理やり屋上まで連れ出してきたのが俺だった。近藤さんに「トシは休むのが下手だから手伝ってやってくれ」と言われたのだ。

もちろん頼まれなくたってそうしたい気持ちはあったのだけど、俺の一存で仕事を取り上げようとしたって殴られるだけだ。「委員長の命令です!」そう断言出来た時にだけ、あの人は渋々ながらも俺に従ってくれる。

近藤さんも人が悪いよなァ。休ませたいなら自分で連れ出してやればいいのに。

そう思うけれど、あの人は同級生のお妙さんとやらに夢中で、土方さんの気持ちにはさっぱり気付いていないのだ。
責めることは出来ない。それに、俺からしたら願ってもない状況なわけだし。

風向きが変わったのか、紫煙が流れてきた。慣れた匂いと少し違う気がする。昔から鼻が利くのだ。

少し、歩み寄った。グラウンドを眺めながら煙草を吸う横顔は、やはり少し疲れているように思えた。

「煙草、変えたんですか?」
「あァ」

クールな横顔、簡素な返事。
風紀委員が煙草を吸っているのも、それを咎めずにいるのも完全に間違っているとは思うが、これは近藤さんですら知らない二人だけの秘密だった。まぁ俺が知ったのもほとんど偶然だったけれど。

「あの、なんにしたんですか?」
「言ったってわかんねーだろ」
「そーなんですけどね…」

なんて素っ気ない。近藤さんに向ける愛情のひとかけらでも俺にくれたらいいのに。大事にするのに。

きっと土方さんの想いを知っているのも俺一人だ。これは必然だった。ずっと見ていて、気付いてしまったのだ。

不意に触れ合った時に小さく零れる笑みだとか、お妙さんを追う背中を見て浮かべる切なげな表情だとか。

ぼんやりと色々な土方さんを回想していた。そこに「おい」という声が聞こえて、上の空でうっかり「ん?」と返したら…

「ザキのくせに適当な反応してんじゃねーよ!」

と頭をはたかれた。自分は大抵俺に対して適当な反応しかしてくれないくせに!と言い返したいけれど、命は惜しいので諦める。

少し見上げて鋭い視線を受け止めると(あぁ、いつかこの身長差が埋まらないものかなァ)、土方さんは煙を吐き出して、短くなった煙草をコンクリートに落とした。それを目で追う。上履きの裏で吸い殻が踏みにじられる。

まさか俺もこれから足蹴にされるのでは、と体が堅くなった。いつもいつもボコボコにされてはいるが、俺にMの気はない。むしろいつか土方さんを苛めてみたいと思っている。泣き顔が、見てみたい。なんて言ったら殺されるんだろうなァ。

「えっと、何ですか?」

とりあえず蹴りは飛んでこなかったので、少し警戒を解いて聞いた。土方さんはまたグラウンドに顔を向ける。

「アレ」

そう言って顎で正門の方を示した。視線をやると、下校しようとするお妙さんらしき女子生徒とその後を追う近藤さんの姿があった。

「近藤さん、ですね」

全く、この人も目敏いもんだ。わざわざ自分が傷付くような場面を目撃するなんて。まぁもちろんそれが片思いってもんなんですけど。

近藤さんは一度蹴り倒され、それでもまた立ち上がって小走りに校門を出て行く。

「バカだな…」

土方さんが呟いた。その言葉は近藤さんに向けたのか、自身に向けたのか。あるいは俺にかもしれない。なんだってみんなして不毛な恋をしているのだろう。

「土方さん」
「んだよ」
「俺らも帰りましょうか」
「…そうだな」

グラウンドから視線を外した土方さんは、俺の横を通ってドアの方へ歩いていった。その後を追う。

シャツの背に通った一本の線がやけに悲しそうに見えて、抱きしめたくなったけど出来るはずがなかった。

思いきり吸った空気は春の匂いだ。長い冬が終わり、新しい季節が始まろうとしている。俺らの生産性のない関係にも、新しい展開が待っているかもしれない。

「どっか、寄り道して行きませんか?」

少し、勇気を出して言ってみた。頬が火照る。土方さんが振り返って、口の端をあげた。

「俺を誘うなんざ百年早ェ」
「ですよね…」

あと百回冬を越えなくちゃいけないのか…耐えられるかな、俺。

春風が吹いた。踏み消された吸殻を拾い、愛しい人を追った。






短編集BL

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ