話
□夜半珍事
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山崎は口ごもりながら、それでも視線は土方に真っ直ぐ向けて話を続ける。
「俺、ここに入って来たのは副長に憧れてたからだし、どんなに厳しくされてもついて来れたのは副長が隊のためを思ってるって知ってたからです…あの、だから、むしろ…尊敬の念が強まったというか…」
はにかんだ山崎にそう言われ、土方はどんな顔をして聞いていたらいいのかわからなくなった。
嬉しくないはずがない。むしろ嬉しすぎて泣いてしまうのではないかとすら思われた。
けれどいくらなんでも大の男が、と躊躇われて結局「恥ずかしいこと言いやがって」と俯きがちに照れ隠しの言葉を呟いて、苦笑いでやり過ごす。
「…もっと、知りたいです…あの、本当の副長のこと…。俺、ずっと…もっと近くに居たいって、支えになりたいって、そう思ってたんですよ?」
「え?」
あんなに手ひどい扱いをしてきた自分を、そんな風に思っていてくれていたなんて。
隊士の誰にも理解されなくても、全員から憎まれても構わないと、そう割り切って鬼の仮面を被ってきたのに。
まさか、報われるだなんて。
残っていた体の力が抜けていって、土方の目からは今度こそ堪えきれなかった涙が一筋流れていった。
恥ずかしさに舌打ちを一つして、決壊しそうになる涙腺を擦り切れた神経で押し止める。
「鬼の目にも涙ってか…?今日のことは誰にも言うんじゃねーぞ」
隊服の袖で目元を擦りながら、土方は口の端を上げる。
すると、まず手が取られ、何を言う間もなく唇を塞がれた。
瞼は開いたままだったから、接吻されていることはすぐに理解出来た。
「すんません…」
触れるだけの行為の後、それでも掴んだ手は離さずに山崎が詫びた。
怒る気にはなれなかった。嫌な気持ちにもならなかった。
ただ、頭がまだ事態に追いついていない。
「もっと近くで支えたいと思っていた」そう山崎は言ったが、それは上司への尊敬の念を超えた愛情だったのだろうか。
それとも急に泣き出した自分の対処に困り、つい女にするような行動を取ってしまったのだろうか。
ぼんやりした頭では真意を計りかねた。
「辛いときは俺を頼ってください」
山崎はそう言って空いている方の手で土方の頬に触れた。涙の跡に指を添えてなぞる。
労られることが嬉しくて、けれど情けなくもあって、土方は曖昧に頷いた。
「悪ィな」
「いえ、全然」
山崎は微笑んで、土方に触れていた両手を離した。
それが少し残念に思えて、自分は本当に弱っていたのだと土方は分析する。
それでも十分近いところにお互いは位置していた。
山崎が口を開いた。
「あの…」
「なんだ?」
「だ…だ…、あのー…」
突然言い淀んで視線を泳がせる山崎に笑う。
さっきまでの男らしさはどこに消えたのだろうか。ころころと変わる表情が面白い。
何か日頃の文句でも言いたくて、けれどやはり後ろに潜む鬼が怖いのだろうか。
「怒んねーから言ってみな?こっちァお前に弱み握られてんだ。何言われても受け入れるしかねーよ」
「抱きしめてもいいですか!?」
「…へ?」
土方が言い終えるか否かのうちに、勢いよく山崎がそれに応えた。
土方は唖然とする。
真剣な顔の山崎が息を殺して返事を待っている。
接吻は不意打ちだったくせに抱擁に何故許可を取るのだろうか。おかしな男だ。
拒否する理由は思い当たらなかった。
きっと山崎なりの信頼の表し方なのだろう。そう考えて首肯した。
「じゃぁ…」
ずっ、と畳に隊服を擦らせて山崎が隙間もないくらい傍に寄ってきた。
目の前に鎖骨がある。立っている時には成りえない位置関係だ。
後頭部と背中に手が回される。自然と腕枕をされているような形になって、土方は目を閉じた。
呼吸をする度に、汗と土の匂いを感じる。
監察という立場上、山崎は隊の中では戦いから最も遠い存在だ。嗅ぎなれた血や硝煙の匂いを少しも感じないのはそのせいだろう。
故郷にいた頃を思い出し、何だか安心してそのまま眠ってしまいそうだった。
さすがにこれ以上みっともない面を見せたくない、と無理矢理に頭を働かせて言葉を探す。
「明日からは…忙しくなるな」
「今日も充分忙しかったですけどね」
「全くだ」
二人で声を抑えて笑う。
山崎の胸に吸い込まれる土方の声と、土方の頭に吸い込まれる山崎の声だけが深夜の室内に小さく響いている。
静かな夜だ。明日からの喧騒を想像すると、これ以上なく幸福な時間に思える。
もしかしたら山崎とこうして話をするのだって最後かもしれないのだ。
明日から攘夷浪士の一斉検挙が始まる。大きな戦になるだろう。全員が生き残れるという保証など、どこにもない。