話
□待ちぼうけは此処で
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「んー…言い訳するわけじゃねーけど、別に彼女作る気で行ったんじゃなくてさ…たまには女の子とはしゃぐのもいーかなー、くらいのノリだったわけ。夏休みの解放感ってやつもあったし?」
促されて安心したのか、銀八が普段の饒舌さを取り戻した。
土方も腹を据えて相槌を打ちながら、その話を聞いていく。
「で、なんかすげェ俺に興味持ってくれる子がいてさー、最初はわりと適当にあしらってたんだけど、結構可愛いし胸もでけーし…?話し込んでるうちにお互い良い具合に酔いも回ってきて、気付いたら抜け出して俺ン家行っててー…、みたいな」
そこまで言い終えると、銀八は白衣の胸ポケットから煙草とライターを取り出して火をつけた。土方から顔を背けて紫煙を吐き出す。
「まァそんなきっかけだったわけですよ」
「ふーん…」
覚悟はしていたものの、やはり傷ついた。
そんな突然現れた人間に想い人をかっさらわれるだなんて、今までの自分は一体なんだったのだろう。
恋人でもなんでもない自分が被害者ぶる資格などないと理解はしていたが、黙って引き下がれるほどこの男を想う気持ちはか弱くない。
けれど、思いのままに食い下がることが出来るほど、自分は強い人間でもないのだった。
「こんなこと言ったら最低って言われるかもしれねーんだけど…俺は一夜限りのつもりだったわけよ、なんつーかやっぱまだ人と付き合う気にはなれねェって思ってたし。でも向こうがノリノリでさー、そのまま俺の家に居着いちまって…」
「は…?同棲!?」
「そうそう。関係持った以上は無碍にも出来ねーし、やっぱ可愛いし胸でけェし俺のこと好きって言ってくれるし?このまま一緒にいたら俺も好きになれっかなーなんて思っちゃったわけよ」
そう言って銀八が目を伏せた。
どうも幸せいっぱいといった様子ではない。多少後ろめたさはあるだろうが、普段ならそんなことには構わず思いのままに行動するのがこの男の常であるのに。
「なんか問題でもあんのかよ」
その疑問の半分以上は願望で出来ていた。卑しいことだとは思いつつ、自分の付け入る隙を探るのに必死だった。
銀八が幸せであるのなら、今それを無理に壊す気はない。いつか別れてくれる日を勝手に心待ちにし、こうして胸を痛めながらも通い続けるだけだ。忍耐力になら自信はあった。
卒業したってなんだかんだ理由をつけて会うことは出来る。執念深いとも言われるかもしれないがとにかく、銀八のことが心底好きなだけなのだ。諦めきれない。
過剰な糖分の入ったコーヒーを啜り、銀八が苦笑いの中で口を開いた。
土方は一言も聞き漏らすまいと言葉を紡ぎ出した唇に集中する。
「うーん…表面上はね、ラブラブカップルなわけよ。幸せだなーとも思うしさ。ただ、なんか…のめり込めないっつーか…愛してる?って聞かれると素直に頷けない俺がいるんだよねー。最初は失恋の後遺症のせいだと思ってたんだけど…なーんか違うみたいでさ」
「なんかって、なんだよ…」
焦る気持ちがどうしても言葉に出てしまう。それを隠そうとしてつい小声になった土方の言葉が一瞬理解出来なかったのか、銀八は首を軽く傾げ紫煙を吐いた。
土方には繰り返す余裕がなかったが、それでも銀八は思い至ったようで納得した様子で一人頷く。
「やっぱさ、恋ってしようと思って出来るもんじゃねーんだなって。よく言うじゃねーか、恋はするもんじゃなくて落ちるもんだとかなんとか。あれ、マジだわ」
銀八は薄汚れた灰皿に吸い切った煙草を押し付け、感慨深そうに遠い眼をした。
土方はその視界に入りたくて、せめてもと背筋を伸ばし息を吸い込む。
「じゃァ、さっさと別れちまった方がお互いのためなんじゃねーの?」
「だよねェ…」
なるべくはっきり聞こえるように言った土方の言葉に、銀八は眉毛を八の字に下げて答えた。
困ったような眼が自分を捉えたことと、別れる方向に話が進んでいることに土方は内心喜ばずにはいられなかった。気を抜けばそれが顔に出てしまいそうだったので、歯を食いしばってポーカーフェイスを保つことに集中する。
「でも言い辛ェな…相性は悪くねーんだよ、いい体してるしさ…」
「情けねーな、男なんだからビシっといけや」
銀八の呟きを一刀両断した。困り顔が俯いて、天然パーマの銀髪が目の前で揺れる。
触れたいと思いながら眺めていたら、急に光を宿した眼に見つめられ土方の鼓動は跳ね上がった。
持っていたマグカップを落としそうになって、取り繕うように持ち上げる。口に運ぶと、まだろくに飲んでいないコーヒーは大分冷めてしまっていた。けれどわかりやすくなった苦味が土方を少し落ち着かせてくれる。
「んだよ」
「土方はいねェの?好きな娘とか」
今までにも何度かされたことがあり、その度に注意深くはぐらかしてきた質問だ。しかし今日はうまい言葉が思い浮かばない。
土方はもう一口コーヒーを体に流し込み、動揺を完全に落ち着かせようと試みた。