□夜半珍事、再び
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その夜、副長室の前に山崎は立っていた。酒瓶とグラスを手にしている。
夕飯を済ませ、風呂にも入ってきたところだ。しっかり髪も乾かして整えてある。何もかも準備は万端だった。

鼓動は、切羽詰まった速いリズムを刻んでいる。正直、危険な任務に赴く時よりも緊張していた。

追い返されたら、どうしよう。
そんなことを考えて部屋の前で暫し悶々としていた。しかし、試してみなければ何もないままなのは明白だ。まさか副長自ら誘いに来てくれるなんてことはないだろう。

男を見せろ、俺。

山崎はゆっくりと息を吸い、一度止め、細く長い息を吐いた。

「副長、山崎です」

「おぉ、入っていいぞ」

応じる声はあの夜の記憶と違わない柔らかいものだった。

待っていて、くれたのだろうか。
胸の高まりの中に緊張ではなくときめきも混じる。

酒瓶を落とさないように気をつけながら、山崎は障子戸を開いた。

「…え?」

「悪いなこんな格好で」

「なんの用でィ山崎」

思わず、酒瓶とグラスを落としそうになった。

副長室で山崎を迎えたのは、着流し姿で胡座をかいている土方と、何故かその膝に寝転がっている沖田の二人だったのだ。

沖田は真選組一番隊隊長という幹部だし、土方との付き合いも長い。この時間に部屋にいること自体はおかしくない。

しかし、日頃の関係が日頃の関係だ。常に命を狙い狙われしている二人が、どうして恋人同士かとも思えるようなことをしているのか。

正直、羨ましい。

「どうした?山崎」

「用がないなら帰んなァ」

「え、いや、あの…」

至極当然のような顔をして、土方と沖田は山崎を見上げている。まさか遊ばれているのだろうか。沖田が土方の弱みを握り、行動を制限している可能性もある。

「不思議かィ?俺らが仲良いのが」

「え…あ、まぁ…」

沖田に不敵な笑顔を向けられ、動揺した。この年若い隊長は、どうも人の心を見透かしているようなところがあって怖い。

「とりあえずそこ座れ」

「はい!」

土方の言葉には条件反射で勢いよく返事をして、山崎はその場に正座をした。瓶とグラスを畳の上に置き、開いたままだった後ろの障子戸を閉める。

「酒か?」

「はい、これ呑みやすいって評判らしくて」

土方が酒に強くないことは知っていた。しかしこれ以外に部屋に来る口実が思いつかなかったのだ。一番喜ばれるのはマヨネーズなのだろうが、相伴に預かるのは避けたかった。

それで酒屋の主人に注文して、アルコール度数が低く口当たりも柔らかい酒を出してもらったのだ。高級酒らしくなかなかの値がついていたが、背に腹は代えられない。

正直、寒くなった懐を酔った土方を抱いて暖めようという下心がなかったわけではない。沖田もいる今となっては叶わぬ夢になってしまったが。

「山崎ィ、グラス一個足んねェぜ?」

「未成年者の飲酒は法律で禁じられています」

山崎は溜め息を添えて、丁寧に刺のある言葉を返す。沖田に対していつもより強気な態度を取ったことに、自分でも少し驚いた。きっと、計画を台無しにされた恨みと嫉妬の力なのだろう。

一体なぜこの二人が。
明らかに得意気な顔をしている沖田をなるべく見ないようにしながら、山崎は二つのグラスに酒をついだ。
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