□さわりたい
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あァ、そうそう。マンガかドラマかなんかで見たことあるよ、コレ。
ほら、アレだよね?アレ。そうそう。

なんかふと目が覚めんだよ。
そんでいつの間にか寝ちゃってたなァつって立ち上がって伸びをしたらさ、いつもより心なしか体が軽いんだよね。それどころか空気みたいで、手を持ち上げて眺めてみたらなんか半透明になってるわけ。
ハッと見下ろしたら、目を閉じた自分が床に横たわってんの。

うんうん。知ってる、知ってるよ。だから大丈夫。

そうさ、幽体離脱なんて驚くようなことじゃない。よくあるネタじゃねーか。



……………って驚くわァァァァァ!!!!



と息荒く興奮した勢いで、あまりに軽い俺の幽体は舞い上がった。そして開け放たれた窓から、そのまま初秋の闇へと飛び出してしまう。慌てて空気をかいて戻ろうとするのだが、透明なせいか全くコントロールが効かなかった。

発車するならせめて心と体の準備をさせてほしいもんだと思った。離れている間に俺のボディになにかあったらどうしよう。死んだと早とちりされて火葬にでもされたら元に戻れなくなってしまうじゃないか。
あいつらならうっかりやりかねんと従業員二人の顔を思い浮かべる。

不安とはあべこべに、俺の幽体は風に乗って速さを増した。沈みかけた満月の光を半透明な体に浴びながら、住み慣れた街の上空を飛んでいく。

夜の街と言われるかぶき町だが、灯りを付けている建物はそんなに多くなかった。ということは明け方に近いのだろう。とんでもない早起きをしてしまったものだ、普段の俺には考えられない。まあ幽体離脱なんてしてる時点で普段の俺じゃないけど。




眼下には見慣れた建物が見えてきた。もちろん上空から見るのは初めてだが、門の前に提灯を持った人間が二人立っているし間違いない。

真撰組屯所、その真上で俺の体は止まった。

なんで、ここに?
半透明な首を傾げる。土方と幽体デートの約束でもしたんだっけか。普通のデートがままならないからせめて、とかそんな打開策を打ち出したんだろうか。そんな覚えはない。

そこまで考えて、脳の底に沈殿していた記憶に行き着いた。
きっかけは、数時間前の決して快いとは言えない出来事だったのだ。








全ては、万事屋からそう遠くない路地に出ていた屋台で起こった。

テレビを観ながらソファでゴロゴロしていた坂田は、突然桂からの呼び出しを受けたのだ。
またろくでもない勧誘をしてくるのだろうかと思いつつも、あまりに誘いがしつこいので渋々承諾した。電話越しの声に、なにか不穏な響きを感じたせいでもある。
昔馴染みというのは、こういうときに変な情や責任感が湧くから面倒臭い。

とりあえず適当に話を聞いて奢らせよう。そう決めて、坂田は夜更けの街を指定の場所まで歩いていった。

桂は小さな屋台の暖簾の奥で、簡素な板張りの椅子に座っていた。おでんをつまみに熱燗を呑んでいる。客は桂一人だった。珍しく今日はエリザベスと一緒ではないらしい。

予想に反して桂は大人しかった。
もともとがあまり表情の動かない男だし、血色がいいとは言えない顔色なのもいつものことだ。けれど今日はその色の中に日頃とは違う何かを含んでいるような気がした。

桂が話さない代わりに、坂田は適当な作り話を幾つか披露した。普段の桂ならクソ真面目でそれゆえに的外れになるツッコミを入れてくるのだが、今日はいつまで経ってもただ気のない相槌を打ってくるだけだった。

「お前なんかあったのか?んな辛気臭ェ顔されちゃ酒も不味くなっちまうだろーが」

痺れをきらした坂田が音をたてて板の上に杯を置く。静かに酒を舐めていた桂は、暗く光る眼を坂田に向けてきた。一瞬睨み合いの形になる。

しかし屋台の粗末な裸電球の下で正面からよく見てみれば、桂の目はどうやら据わっているらしかった。そして少し潤んでいる。酔っ払いの目だ。しかも結構進んだ。

相当酔いがまわっているのだろうとわかると、坂田はあっさり戦意を失った。

一人酒に耐えられなくなって自分を呼んだのだろうか。あるいは相手に先に去られたのか。意外と寂しがり屋な男であることは長い付き合いなので知っていたし、プライドの高さ故にそれを隠そうとすることもわかっていたから、聞かなかった。

「これを知っているか?」

一つ溜め息をついた桂がそう言って、坂田の前に掌を差し出した。そこに乗っていたのは、透明のフィルムに包まれた飴玉だった。普段食べている飴より少しばかり大きく、真珠のような乳白色が屋台の灯りを反射させている。
甘いものには精通している坂田も目にしたことのないものだった。天人の持ち込んでくる物は日々増えているから大方これも輸入品なのだろう。
そう考えて首を横に振った。

「これは夢枕君だ。食べると幽体離脱をして会いたいと願った者の家に行くことが出来る」

「は?」

予想の斜め上を飛んできた桂の言葉に、坂田は間の抜けた声を返すことしか出来なかった。
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