□さわりたい
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怪訝な顔になった坂田を気にも止めず、桂は少し呂律の危うくなった口で更にその夢枕君とやらの説明を続ける。目は相変わらず据わっていたが話が支離滅裂になるようなことはなかった。

信じがたい話ではあったが、様々な天人の行き交うこのご時勢にはなんでもありなのだ。坂田は曖昧に頷きながら桂の話に耳を傾けた。

「いつも武器を仕入れてる商人に勧められて買ったんだ。新しいテロの形を試してみようと思ってな。犠牲者を出さずして天人を江戸から放逐出来るのならば願ってもないことだ」

そこまでほとんど一息で言ってのけ、桂は酒を呷った。ますます目は据わり、充血の様相さえ帯びて何やら狂気じみたものを感じさせる。
どうせろくなことにはならなかったんだろうと坂田は思った。上手くいっていたならこんなところで一人酒など呑んでいるわけがない。

「…十人でさる天人の大使館に行き、ボスを取り囲んでみたのだ。なるべく恨みがましい顔をしてな。これならば怯えるに違いないと思ったんだ。だが…」

「だが?」

「…笑われた…」

「は?」

「ハハハ!侍が化けて出やがったぜ!と指をさされ…奴の仲間も集まって大爆笑だったんだ…」

桂は俯いた。膝の上で両の拳を固く握り、肩を震わせている。
坂田は暇を持て余している店の親父と目を見合わせた。なにかうまいこと言って場を和ませてくれ、それも仕事のうちじゃないのか。そう念じるのだが、親父はぼんやりとこちらを見ているだけで何も言おうとはしなかった。

「…………」

「…………」

そう言えばこの親父、俺が来てから一言も喋ってねーな。
相変わらず口を開く気配もない。坂田と見詰め合うのにも飽きたのか、菜箸で鍋の中の玉子をくるくると回し始めた。親父に頼るのは諦めて、仕方なくアルコールの入った脳内で言葉を捜す。

「…まァ気にするんじゃねーよ。あいつらそういう繊細さ持ち合わせてねェんだって。あったらまず侵略なんかして来ねーから」

「そうだよな…私が馬鹿だった…情けない」

顔を上げた桂は手の甲で目元を拭った。

「元気出せよヅラ」

「ヅラじゃない、桂だ」

もうこれ以上相手するのも面倒だし、さっさと帰ってしまおうと思った。ちょうど酒も呑みきった。頃合だ。明日に備えてこのままさっさと眠ってしまいたい。

坂田は腰を浮かせ、別れの言葉を切り出そうとした。
けれど、桂が口を開く方が僅かに早かった。

「俺ならもう大丈夫だ。武士が愚弄されて黙っているわけなかろう?もうその大使館の爆破準備は済ませてある。夜明けと共にボカーンだ。ざまぁみろ!」

一瞬、呆気に取られた。しかしすぐにそのことの重大さに思い至る。夜明け、テロ、警察出動。つまり…

「テンメェェェ何してくれてんだァァァァァ!土方のせっかくの休みを潰す気か!二週間ぶりのデートなんだぞコノヤロー!」

坂田は桂の肩を揺さぶった。黒い長髪がサラサラと手の甲を撫でて苛立ちを増幅させる。

「テンメェじゃない、桂だ。安心しろ、この夢枕君を分けてやるから逢瀬に使うがいい。出血大サービスだ」

桂は前後に揺れながら得意気な顔で言い放った。

「どこがサービス!?それもういらねーからだろ!厄介払いなんだろ!?」

坂田は一層強く肩を揺さぶった。なんなら髪の毛を引きちぎってやろうかとも思った。人の恋路を邪魔する奴は全員禿げてしまえばいいのだ。

その手を掴んで下ろし、桂は赤ら顔のドヤ顔を浮かべる。

「そんなわけなかろうが、結構高かったんだからな。一粒で爆弾一つと同じ値段だ」

「それ確実にぼったくられてるぞオイ。つーかどこの大使館だ?爆弾処理してやる」

「言うかそんなもん。そんなに土方といたいならば真選組を辞めさせてしまえばいいではないか。そうすれば私も仕事がやりやすくなる」

「いやいやいや、あいつには真撰組がないとダメなんだって。そうでなけりゃァとっくに攫ってるよ俺は」

「それならばやはり貴様が夢枕に立つのが一番よかろう」

「なんかすげェ無理矢理まとめてねェ!?一番いいのは明日が平和に終わることだから!つーかテロ起こすなら土方が非番じゃない日にしやがれ!」

ベニヤ板で出来たテーブルを坂田が拳で叩く。乗っていた食器が小さく跳ねて音をたてた。
桂はゆるゆると首を横に振った。

「そういうわけにもいかん。こちらにも都合というものがあるのだ…シフトの調整が大変でな」

「なに、お前んとこシフト制!?アルバイト感覚でテロ行為してんの!?水曜はデートだから無理ィ、とか有りなわけですかコノヤロー!そんなら俺もそれ言いてェんだけど!明日はデートだからテロとかマジ無理ィィィ!!」

「アルバイト感覚などではない!給料なんか出ないからな、勘違いするな!!…しかし貴様が加わってくれるというのならばこっそり俺が支払ってやる。シフト希望も優先してやるからな。他の奴には言うんじゃないぞ」

「やっぱりアルバイト感覚じゃん!タチ悪ィ個人経営の店みたいじゃん!!お気に入りの子だけ特別扱いする店長ですかお前!」

「店長ではない、桂だ!桂店長と呼べ」

「結局店長になっちゃってるじゃねェかァァァ!」

そう怒鳴って、肩で荒く息をする。さすがにツッコミ疲れた。これ以上ここにいても時間と体力の無駄遣いでしかない。そう思って少し酒臭い溜息をつく。

「…あーもういい、とりあえずそれ貰って帰るわ」

坂田はベニヤ板に置かれていた飴を掴み、立ち上がった。

「そうか、助かる!もう見るのも嫌だったんだ」

それまでどんよりと据わっていた桂の目が輝いた。踊り出しそうなほど澄んだ瞳になっていた。

「やっぱり厄介払いだったんかァァァ!」

坂田の最後の叫びは夜更けの町外れに響き渡り、どこかの犬がそれに呼応して吠えた。

しかし桂の耳にはそんなツッコミの二重奏は聞こえなかったらしい。肩の荷が降りたとでも言いたげに、軽やかな声で酒のお代わりを注文したのだった。
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