□サヨナラこうのとり
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俺は十四郎くんの袖をひいたけれども無視されて傷心し、やる気も丸ごと失ったので黙ってそっと店を出た。
後ろからはもはやただ甲高いだけの音になった女の声と、律儀に相槌をうっている愛しい十四郎くんの声が聞こえてくる。
切なくなって足早にそこから離れた。



隙間なく並ぶベビー用品を見ていて思ったことがあった。
俺って自分に子供生まれたら溺愛しちゃいそうだってこと。しかも十四郎くん似の女の子だったらもうメロメロになって我が儘全部聞いてあげちゃうと思う。
それでそんな駄目親父を隣で叱るのが十四郎くんであればいい。
俺の頭を叩いて、けれど優しく微笑んでいて、そしてその膨らんだ腹の中には俺似のやんちゃな男の子が眠っているのだ。
有り得ないことだとはわかっているけれど、本気でそんな未来を妄想した。

十四郎くんが女なら良かったとは思わない。十四郎くんは十四郎くんで、だからこそこんなに好きになったのだ。
惜しむことがあるとすれば、男に子宮がないという人類誕生時から意固地に受け継がれてきた不便な肉体構造から俺らが逃れられないことだった。

愛し合った証を俺たちは残すことが出来ない。
ただ子供が欲しいならば方法はいくらでもある。けれど、俺に愛された十四郎くんの遺伝子と十四郎くんに愛された俺の遺伝子が一緒になって残ることはないのだ。

それはとても悲しいことだと思った。

そしてなんだか勿体ないと思った。

俺はともかく十四郎くんの強く美しい遺伝子が残らないなんて、人類史を揺るがす大損失になるに違いない。
けれど俺はあいつを他の誰にも触らせたくないのだ。そのことについて考えが至ると、俺は私利私欲のためにしか生きないろくでもない罪人なんじゃないかと思ってしまった。

女の声が耳の奥でまだ鳴り響いている気がする。
あいつには出来るのだ。十四郎くんの源を後世に伝えることが、その偉業が。




歩き回って見つけたベンチに座り込み、俯いた。
階段をいくつか降りた気がする、いや上ったのかもしれない。自分がどこにいるのかわからなかった。
十四郎くんはまだあの女と一緒にベビー用品を選んでいるのだろうか。自分もさっきまでいたはずの場所がひどく遠くに感じられた。





「…どうしろってんだ…」

「とりあえず立てコラ」

ため息と共に吐いた何度目かの呟きに、思いがけず突っ込みが入った。俺は抱えていた頭をあげた。
目の前には両手に紙袋を持った十四郎くんが、息を荒げて立っていた。

「ったく、疲れさせやがって」

「あー…悪ィ。つーかそんな買ったんだ…貸せよ」

「おう、じゃあ半分な」

立ち上がって片方を受け取ると結構な重みがあって、中を覗くと靴下やら靴やら玩具やらがぎっしり詰まっていた。
いくら真選組からだといっても多すぎるんじゃなかろうか。おおかたあの女の口車に乗せられたのだろうと思うと余計に重く感じられた。

「そんなに魅力的だったのかよ、あの女のセールストークは」

もやもやした気持ちを軽口に変えて十四郎くんに投げつける。すると怒ったような顔を向けられた。

「てめーがいきなりいなくなるから慌てて出てきたんだろーが。選んでる暇がなくて結局全部買っちまったんだよ、責任とりやがれ」

「え?心配してくれたの?」

「そりゃあんだけテンション高かった奴が急に黙っていなくなったら心配すんだろ」

「十四郎くーん!」

「場所わきまえろ馬鹿!」

あの女より、大切な買い物より、俺を優先してくれた十四郎くんが愛おしくて仕方なくて、抱きしめようとしたけれど顔面を掴まれ拒まれた。
俺の恋人は照れ屋でいけない、そこが可愛くもあるんだけど。

「さてと、さっさと行くぞ」

「あ!山?」

「いや、とっつァんの家。ナビすっから道間違えんなよ」

「山…」

「パフェ奢ってやるから今日は諦めろ」

「そんなァ」

落胆する俺の肩に十四郎くんの手が置かれ、耳元に顔が寄ってきた。

「依頼達成できたら夜は好きにさせてやるよ」

まさかの誘い文句に、俺のテンションはてっぺんまで上りきった。
いつもは恥ずかしがりでガードの固い十四郎くんがこんなこと言ってくれるだなんて。
夢じゃなかろうかと空いている方の手で頬を抓ったけれど、当たり前に痛かった。

「…マンガじゃねェんだから」

十四郎くんは苦笑しながらそう言うと、やはり恥ずかしいのか背を向けて早足に歩き出してしまった。
今は着流しの下に隠されている十四郎くんの裸を思い描きながら、俺は軽快な足取りでその後を追った。
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