□ヨヨと泣く風に付いて
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今日の昼過ぎには台風の上陸が予想されていた。

朝、携帯のアラームでいつもより少し遅い時間に目を覚ました土方が、起き抜けにまずしたことは天気の確認だった。

寝ぼけ眼を擦りながら縁側に続く障子戸を開くと、冷たい雨が寝起きで熱を持つ体に吹き当たってくる。雨風はまだそれほど強くはない。けれど冷気をはらんだ空気は重く、やはりただの雨天とは違った雰囲気が漂っていた。予報通り台風が近づいてきているのだろう。

無意識に体を暖めるように腕を回していたことに気づいた。つい先日まで半袖で過ごしていたのに、今日は急に冷え込んだ。風邪をひきたくはないので戸を閉める。
布団に戻って二度寝したいという誘惑に駆られたが、それよりはさっさと着替えて出掛けてしまおうと決意して、まだ温もりの残っているそれを押入にしまい込んだ。

今日は屯所の見張りに残る隊士以外オフということになっているが、この天気では遊びに出て行く者も少ないだろう。実質は仕事も休みも大差ない。

この珍しい一斉オフは、江戸上陸の予想されている大型台風が原因だった。さすがにこの悪天候の中では攘夷浪士も働かないだろうと、土方と近藤で判断したのだ。
大抵のテロには火気類を用いるようになったので、雨の降る日には自然と発生率が下がる。大体、台風直撃の中で外に出られるわけもない。

着流しの上に何か羽織ろうかと思ったが、続いた残暑のせいでまだ衣替えもしていなかったので、手近には丁度良いものがなかった。かといってわざわざ奥から出してくるのも面倒臭い。
諦めて、夏の装いのままで行くことにした。

「こんな天気の中お出掛けたァ正気の沙汰とは思えませんぜ」

「まだそんなにひどかねェ。つーか勝手に入ってくんなっていつも言ってんだろーが」

音もたてずに部屋に侵入を果たして背後に立っていた沖田に、土方は驚きと怒りの混じった顔を向けた。気配を絶つのに長けているのは結構なことだが、その特技は仕事をする時にだけ生かして欲しい。
しかしそう言っところで何か憎らしい反論をされるだけだとわかっていたから、土方はもうこれ以上は構わないことに決めた。部屋を出ようと開かれた戸に向かう。

「雨の日には大抵どっかに行きやすね」

背に向けて放たれた言葉に反応して、びくりと足が止まった。嘘をつくのは心苦しいので無視をしようかとも思ったのだが、沖田のことだから腹いせに後をつけないとも限らない。
気配を消すのが並外れて巧いこの男を、自分が完全に撒けるという自信はなかった。行く先を知られるわけにはいかない。ここで何かしら納得させる理由を言っておいた方が良かろうと判断し、振り返った。

「馴染みの女のとこだ。こんなむさ苦しい場所に籠もってちゃやりきれねーよ」

「ふーん。犬のエサにもドン引きしねェ女子がいたんですかィ、そりゃすげェや」

「この世にはお前と違って味のわかる女もいんだよ。…じゃーな」

痛いところを突かれたがなんとか言い訳をして、雨に打たれて水浸しになった長い廊下に出た。部屋に残した沖田が何かを言った気がしたが、後ろめたさから早く逃れたい一心でその場を離れた。



雨風は起き抜けに見た時より着実に強さを増しているようだった。片手に持った傘が風に煽られて軋んでいる。安物だから本格的に台風が直撃すればひとたまりもないだろう。
最もその時間帯に外に出る気はなかった。しかし万が一何かあって屯所に戻るなりする必要があれば、いとも簡単に壊れるに違いない。

指先も足元も、防ぎきれない雨粒と冷気によってかじかみ始めていた。足を速めるが水たまりを避けるのに気を取られるせいで、思ったようにスピードがあがらない。

街を歩く人間はやはり普段と比べると格段に少ないが、いないわけではなかった。皆土方と同じように俯きがちになって傘をさし、シャッター街となった通りを足早にどこかへと向かっている。
けれど自分ほど後ろめたい気持ちで歩いている者もいなかろうと土方は思った。

大通りを逸れて脇道に入る。少し進んだところで試しに一度振り返ってみたが、誰の姿もなかった。
道が狭いので水たまりを避けることが出来ない。今まで気をつけていた甲斐もなく足元が水に浸かって、一層土方の身を冷やした。両脇を背の高い建物に遮られているため、雨が横から降り注いでくることはない。それが唯一の救いだった。
しかしこれまでの道のりで濡れた箇所が乾くわけではない。路地裏を強さを増した風が駆け抜けていく。その度に、悪寒が走って体が震えた。本当に昨日までの暑さはどこへ消えたのか。
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