□ヨヨと泣く風に付いて
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浴槽に一人身を沈めた土方の脳内で、疑念はますます深まっていた。いつもなら無理やり一緒に入ってくる高杉が「ちゃんと温まれよ」と言って、何故か脱衣所で待っているのだ。

曇り硝子の向こうに煙官をくわえたシルエットがぼんやりと見える。高杉がとても遠いところにいるように思えた。傍にいるのか確かめたくなったが、なんと言っていいのかわからなくて止めた。

ちゃんとそこにいるか?なんて目に見える事実を聞いたところで訝しがられるだけだろうし。心が離れたのか?などと聞いて、もし肯定でもされたら今の自分には為す術もない。

用無しとなれば、高杉が土方を生かしておく道理などないのだ。風呂をあがった途端に斬られないとも限らない。

真選組副長が攘夷浪士の家で入浴中に斬られた、なんてマスコミが食いつきそうなネタになれば、仲間たちに申し訳がたたない。

自分のしていることが既に背徳行為なのだとはわかっている。けれどこの思いはどうしようもない。誰にも知られずに墓まで持って行くことだけが、唯一の罪滅ぼしになるのだと考えていた。

さて、どうしようか。と思考を進めようとするのだが、靄がかかったように脳内が不明瞭になっていた。
熱をもった体中には、不思議な浮遊感がある。

あァのぼせたのだなと解ったが、立ち上がれば倒れるに違いないので湯船から出ることも出来ない。高杉を呼ぼうとしたが声が出なかった。否、出したはずの声は音にならず、水泡に変わって消えてしまった。いつの間にやら顔が半分沈んでいたのだ。

敵の家で溺死、やはりマスコミが喜びそうだ。一瞬そんな呑気な考えが浮かんだ。組にも報道陣が殺到するのだろう。そうなれば…。

…近藤さんに申し訳が立たねェ…!

余力を振り絞り、浴槽の縁をつかんで勢いよく半身を外に出した。

「どうかしたか!?」

突然大きく湯の跳ねる音がしたから驚いたのだろう。すぐ外にいた高杉が勢いよく戸を開いた――――
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