□湿る
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夏は暑くて冬は寒い。それはそれで実感のうちに巡っていく。

けれどここ数ヶ月、いつも身に纏わりついて離れない季節があった。

じめじめと鬱陶しいそれは、梅雨と呼ぶものだといつからか気付いていた。けれども逃れるための策は一つも見出だせないままだ。

そんなわけで、俺は二十代の後半を湿気と共に生き長らえている。





ほとんどの隊士が見回りなり警備なりに出ているため、日中の屯所は不気味なほど静かだ。

しんとした屋敷内はどこもかしこもすきま風で寒い。着流しに半纏を羽織っているものの、それだけではとても不足だ。しかしこれ以上の厚着は肉体を鈍らせそうなので、痩せ我慢をして朝から過ごしている。


オフなのにすることも思いつかず、なんとなく外出する気にもなれなかった。暫く自室で簡単な書類仕事をした後は、ぼんやりと縁側に腰掛けて八分ほど咲いた梅の花を見るでもなく見ていた。

花は黄色く、ほのかに甘い香りがする。蝋梅という名だと出入りの植木屋に聞いたのは去年だったか一昨年だったか。それなりに忙しくも騒がしい日々の中で、こんな風に些細なことは忘れていきがちだ。

光にあたる花弁は金色にも見え、その色彩は隠れた感情を刺激した。


少し乾いて肌寒かったはずの空気が、湿り気を帯びた生温いものに惑わされて消える。
ついぞ本人に口にすることのなかった言葉が、慕情が、薄い湿気の幕となって俺を取り囲んでいく。


梅の木はいつの間にか、一人の女の形をしていた。

その姿すら真っ直ぐには見据えられずに、地面におちた薄い影を俺は見詰めた。頭に浮かぶのは情けない謝罪の言葉ばかりだ。

影はじっとその場に立って俺を見ていた。責めているのか、赦しているのか、モノクロの形からは伝わるものがない。


後悔がないと言えば嘘になる。しかし、こうまで日々思考を支配されるほどだとは。自分はもっと割り切った人間だと思っていたのに。
忙しい時は忘れていられるが、こうして時間に余裕が生まれるともう駄目だ。

悪かったと何度も何度も唱えては、その言葉の無意味さを実感する。そんな毎日の繰り返し。

「しけた面ですねィ」

「…帰ってきてたのか」

見廻りに出ていた総悟が、いつからいたのか庭に立っていた。
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