□秒殺コントラスト
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「またテメーか」

屋上へ上がって開口一番、俺は反射的に溜め息まじりの一言を吐いた。

「いけませんか?」

そう言ってミツバは隙のない笑顔を俺に向ける。その傍らに転がるペットボトルはほとんど空で、時折通る強めの風に弄ばれている。

「暇な奴」

嫌味をふんだんに込めた口調で言ってやると、十四郎さんこそ、と可愛いげのない答えが聞こえた。
無視を決めこんで少し離れた場所に腰をおろし、胸ポケットから取り出した煙草に火をつける。

「…何のつもりだ」

一度煙を吸って口から離したばかりの煙草が指の間から抜き取られ、控え目に抗議の声をあげた。
ただし睨みつける目には全力で殺意を露にしてみせる。

「体に悪いですから」

いつものことながら、ミツバは俺の視線をまるで意に介さなかった。
貼り付けの笑みでぬけぬけと真っ当なことを言い放ち、しゃがみこんでアスファルトの地面に煙草を擦り付ける。

「テメーな…」

「体に悪いんですってば」

そう繰り返してミツバはそのまま俺の隣に座り込んだ。
二度目の溜め息がもれる。全く、こいつといるとろくなことにならない。イライラを鎮めるために新しい煙草を出したくなったが、どうせまた同じ結果が待っているのだと思うと諦めるより他なかった。
少ない小遣いを遣り繰りして買っているのだ、これ以上無駄にするわけにはいかない。

することもないので空に目をやってみると、いかにも秋晴れといったような青空が広がっていた。
何も言わないミツバを横目で見やると、同じように空を見上げていた。風に煽られた髪がその横顔を少し隠したりさらけ出したりしている。

顔は、悪くねーんだよな。そんなことを胸中で呟くと、まさか口に出していたのかと焦るようなタイミングでミツバが俺の方を向いた。
思わず全力で真反対まで顔面を持っていく。

「そうそう…」

不審な動きの俺に特につっこみをいれるでもなく、ミツバは何やら小さく呟いてまた少し黙った。
神経をそちらにやってじっと態勢を維持していると、突然顔の横に白いものが伸びてきて心臓が止まりかけた。
ワイシャツの袖と、そこからはみ出した同じくらい白い手。握られていた指が開き、よく映える小さな赤色が現れた。

「どうぞ」

固まったようにそれを見つめていた俺に、ミツバは笑いを抑えたような声で言って手を上下に小さく揺らした。
誘われるように腕が自然と伸びて華奢な掌の上にあった飴玉を取った。
数秒見つめた後、ミツバに視線をうつす。

「口寂しいでしょう?」

そう言って、ミツバは堪えきれなかったというような笑いを吐息に紛らせて溢した。
煙草を吸えない苛立ちも、それでもこの場を離れたくなかったことも、全て見透かされていたように思えて、なんとかそれを否定するような行動を取りたかったが何も思いつかなかった。

仕方なく黙って小さな袋を開け、同じく赤色をした真ん丸の飴玉を口の中へと転がし入れる。
甘いものは好きではないが、口寂しいのは事実だったから辛抱することにした。
懐かしい味を思い出した。

はずが、

口内に広がった想定外の衝撃に思いきりむせかえった。

「っんだよこれっ!」

辛い。とてつもなく辛い。辛口のカレーだとか本場のキムチだとかとは比べ物にならない。
しかも苺かなんかだろうと想像していたものだからますます辛い気がする。
思わず吐き出してしまうと、今となっては毒々しいほどの赤い塊がアスファルトの上を真っ直ぐ転がっていった。

「あら、どうしました?」

「どうしましたじゃねーよ!なんだコレ!」

「ハバネロ飴ですけど…お嫌いでしたか?」

「好きとか嫌い以前に辛すぎて食えねーよ!」

おそらく涙目であろう俺の至極まともな訴えに対し、ミツバは駄々っ子を見守る母親のような表情で首を横にふった。

「修行が足りないんですよ」

「意味わかんねーんだけど…」

呆れといまだに口内を席巻する炎のような辛さのせいで口を閉じることが出来なかった。
背中や額に汗のにじむ感覚がある。本当は犬のように舌を出して理不尽にもたらされたこの熱を少しでも逃したかったが、さすがにそんなにみっともないことは理性が許さない。

せめて何か飲むものはないかとミツバの向こうに転がるペットボトルに目をやった。しかしほとんど中身は残っていない。残っていたところで自分が手を伸ばせるとも思わなかったが。
少しずつながら辛みにも慣れてきたので、口内を刺激しないようにゆっくりと息をしながらただじっとしていた。

「きっと何度か食べるうちに好きになりますよ」

ミツバはスカートのポケットから禍々しい赤色を取り出し、袋を開けて同じように禍々しい色の飴玉を口に放り込んだ。
そして閉じた口の中で激辛の塊をなぶりながら満足そうな笑みを浮かべる。

そりゃ舌がバカになってるだけだと、自分がよく言われる言葉を言いかけて、止めた。それを言ってしまえば互いの間に見えない線が引かれてしまう気がして。

「マヨネーズかけたら…いけっかも」

「本当に好きですね」

精一杯の虚勢にミツバが嬉しそうに笑うから、舌以上に頬が熱くなって、参った。






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