話
□やわらかいほほ
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「つーかなんで急に…」
清掃作業をして少し落ち着いたのか、土方さんはコーヒーを一口啜って静かにテーブルに置いた後、俺に聞いた。緊張しているのか、心持ち声がひそめられている。
正直に答えればまたなにか粗相をしかねないと思いながらも、それはそれで面白いからありのままを伝えることにした。
「そーいう雑誌が見つかっちまいました」
「…え?」
完全には意味のわかっていないらしい土方さんは、俺から視線を外して何やら想像を巡らせている。
勝手に想像を広げてもらうのも楽そうだが、話が進まないから教えてあげることにした。
傍らに置いていた鞄のジッパーを開き、一番上に入れていた雑誌を取り出す。没収されかけてなんとか死守した一冊だ。表紙の外人少年モデルが少し土方さんに似ているから気に入っている。
「俺の先生です」
「………………え?」
「お薦めのホテル、グッズ、体位、色々書いてありやす。見ます?」
差し出すと、顔を真っ赤にさせた土方さんは首を横に振った。可愛いなコンチクショー、やっぱモデルなんかより断然いいや。ついニヤニヤしてしまう。
「なんだよ…」
「まぁ俺が手取り足取り教えてあげまさァ」
「…や、やっぱお前帰れ!」
土方さんは顔どころか耳も首も痛々しいほど赤くして、俺の顔の10pくらい横に向けて言った。一応確認してみたけど、別にそこには誰もいない。
まさかここまで過剰反応するとは…、まぁ思ってたけど。でもこれくらいのご褒美は貰ったっていいだろう。それくらいのことを自分はこれまでしてきたのだ。
思えば俺らしくもなく、健気なことをしていたと思う。
お互いに好きあっていることを確認した、そこまでは良かった。けれど、土方さんは受験が終わるまで今まで通りの関係でいてくれと言ったのだ。その代わり終わったら好きなだけ遊んでやると、子供相手かと思うような言葉も付け加えて。
そして、俺ってば優しいからその願いを聞いてずっと我慢してきた。多分一生分の忍耐は使いきったと思う。
だから受験が終わったらすぐに好きなだけ官能の世界へと没頭させてもらおうと、雑誌まで買って色々と勉強していたわけだ。
それが今回の家出事件を招いた。
頬の痛みを思い出し、たしかめるように掌をあてる。まだなんとなくヒリヒリとしたものが残っている気がした。
「約束通り、手は出しやせんから」
その手を顔の横でひらひらと振ってみせる。土方さんはちらりと俺の顔を見て、俯いてしまった。
疑われているんだろうか。そりゃたしかに今まで騙したりからかったりしてばかりだったし、しかも手は出さないって約束なんだから口ならいいよな、とか考えていたんだけど…。
「駄目ですかィ?」
少し寂しそうな声で言ってみる。土方さんには一番効果的な方法だ。
「俺が…」
小さな声が聞こえたけれど、すぐに消えてしまった。マグカップを避けてテーブルに身を乗り出す。
「なんですかィ?」
「…俺が、我慢出来なくなんだよ…」
土方さんは、俯いて、ぽそりと言った。
…可愛すぎて死ぬかと思った。