話
□白眼視クリーナー
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毎日毎日、なんとなく平穏に過ぎていく。
風が起こって小さく波がたっても、大した時間も経ずに消えてしまうばかりだ。
退屈だなんて言葉すら、思い浮かばないほど退屈な日常。
「そんなつまらなさそうな顔してっとよォ、本当に世の中つまらなくなっちまうぜ?」
「知るかよ」
準備室のくすんだ天井を覆い隠すように俺の視界に入ったのは、見慣れた高杉の顔だった。
「まだ授業中じゃねーか」
「お前に言われたかねェなァ」
「ノート頼んだじゃねーかよ」
「それこそ知るか」
高杉は鼻で笑い、寝転がる俺の隣に腰を下ろした。またパッとしない天井が俺の眼前に広がる。
「活きが悪ィなァ。生理でもきたか?」
「くるわけねーだろ」
下らないジョークにはひねりのないツッコミを淡々と返す。
愛想のねェ奴という呟きが聞こえた。んなもんなくて結構。
返事はせずに眼を閉じると、しけた天井は闇に隠された。
しかし、闇は闇で面白味に欠ける。いっそ眠ってしまおうか。現実よりは夢の方が色鮮やかかもしれない。
そんなことを考えていると、頭の下で組んでいたうちの左手が強引に引き抜かれた。
よくわからないままとりあえずされるがままにしていると、腕には新しい重みと温もりが乗っかってくる。
高杉の頭だ。どうやらこちらを向いているらしく、二の腕には耳の形を感じた。
きっと床に頭をつけて寝転がるのも自分の手を枕にして疲れるのも嫌だったのだろう。
だから俺への嫌がらせの意味も込めてこんな妙な体勢を選んだに違いない。そういう男なのだ。
だから構わないことにした。好ましくない状態になっているのは確実にしろ、特に今のところ実害があるわけではない。この程度なら日常茶飯事だ。
むしろ下手に反応する方が高杉の行動を冗長させそうで面倒臭かった。
平気で常識の塀を乗り越えて来る男だということは、これまでの経験で嫌というほどわかっている。
「随分大人しいじゃねェか」
「テメーの嫌がらせには慣れた」
ほう、と言って高杉が小さく喉で笑う。
嫌な予感がした。絶対に確実に間違いなく、何かろくでもないことをしようとしている。
危機から逃れようと目を開いた。
と同時に、高杉の頭が俺の二の腕をせり上がって耳元まできた。
「愛してるぜェ?十四郎」
そう低い声で囁き、無防備な俺の耳朶を柔らかく唇でくわえる。しかも舌の先で軽く舐めてきた。
一瞬息が止まり、すぐに全身に鳥肌がたつ。
「テメーな!」
さっさとこんな変態から難れようと身動ぐも、高杉が俺のマウントをとる方が早くて叶わなかった。
呆れるほどの敏捷さだ。しかもご丁寧なことに両手まで掴んで拘束してくる。
俺より小さな体をしているくせに、上から押さえ込んでいることもあって簡単には抜け出せそうになかった。
睨み付けても薄ら笑いで相殺される。
「…手の込んだ嫌がらせじゃねーか…」
「嫌がらせなんかじゃねェよ。愛情表現だ」
「は?」
「こういうのはまだ慣れてねェだろ?」
唖然とする俺の耳に高杉が顔を近付ける。
不自由な身で必死に避けようとしたのだが、到底無理な話だった。
尖った舌の先が耳の穴に進入してくる。ぐるりと回転するようにして抜け、今度は探るように入口をつつかれる。
気持ち悪いともくすぐったいともいえる感触に、再び全身は総毛立った。
「や、めやがれ」
「面白ェだろ?」
そう言って高杉は舌全体で俺の耳を下から上まで舐めあげた。
「さっきよりはいい顔してんじゃねェか」
ようやく耳を解放した高杉が、俺を見下ろして笑う。
もう怒り半分呆れ半分で何も言い返す言葉が思い浮かばなかった。言ったところでこの変態はろくに聞きもしないだろう。
「…そりゃどーも」
強がりで礼を言う。
高杉はわざとらしく頷いて、やっと俺の上から降りた。