話
□白眼視クリーナー
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俺は散々なぶられた右耳を何度も強く擦った。
鳥肌はおさまったものの、まだなんとなく感覚が残っていて気持ち悪い。
「そろそろ終わりか」
そんな俺の左手を勝手に引っ張り、高杉は腕時計を読んで軽い調子で言った。
こちらはまだショックから脱しきれていないというのに、仕掛けた張本人はまるで何事もなかったかのような顔をしている。
いつものことながら腹が立った。
ふと、慣れない復讐心が沸き起こる。
普段なら不快なことはさっさと忘れようと努めるのだが、さすがに今日は俺も相当頭にきたらしい。
言っても聞かないならば、同じ屈辱を味あわせてわからせるしかないのではないか。そう思った。
否そんな理屈はどうでもいい。ただ俺は、常に俺を手近な玩具のように扱って笑う高杉の、驚いた顔が見てみたくなったのだ。
いくらその後が面倒なことになりそうとはいえ、こんなになめられっぱなしでは男としての面子がたたない。
出来れば高杉がこれまでの行いを反省し、今後は控えるようになればいい。
そこまではいかなくても、度が過ぎればやり返されるのだということは思い知らせてやりたかった。
俺の腕を離した高杉の手を、今度はこちらが握る。そして引き寄せると同時に上半身を起こした。
「なんだァ?」
いまだ余裕を見せる高杉の顎をもう一方の手で掴み、少し上を向かせる。
髭の気配のないつるりとした顎で、少し驚いたが何食わぬ顔を保った。
高杉は特に抵抗する素振りも見せず、むしろ早くやってみろというような挑発的な表情を浮かべている。
まったく、こいつは本当に人を馬鹿にすることに関しては天才的だ。たまにはされるほうの身にもなりやがれ。
「仕返しだ」
そう小さく呟いて、高杉の無防備になった首筋を鎖骨のあたりから舐めあげた。
どうだ、力が抜けんだろ。
驚いているか、あるいは顔をしかめているか、大方その辺だろうと思って高杉の顔を確認した。
「終わりか?」
予想は外れ、高杉は相変わらず人を食ったような薄ら笑いを浮かべているばかり。
まさか首を舐められて何も感じないのだろうか。こいつ変態どころか人間じゃないのかもしれない。多分、中の螺子が何本か緩んでいるのだ。
今更気づく俺の頭も結構ガタがきているような気がする。
もう何をしても無駄だと悟り、高杉を解放した。
なんというか、ただただ俺が損をした気がする。やりきれない。
もういい、いつも通り忘れてしまおうと溜息をついた。
「悪かったなァ、土方」
「なんだよ、わかってくれたのかよ」
望んでいた言葉が思いがけず高杉の口から放たれて、可愛いところもあんじゃねーかと唇の端をあげて答える。
しかし、甘かった。
「お前は耳より首が好かったんだろ?」
そう言うがはやいか高杉は瞬時に俺の肩を掴み、潜り込むようにして首筋に顔を埋めた。
「やめやがれ!」
俺の必死の声で放たれた制止は無視され、鎖骨から顎に至るまでを思いきり舐め上げられた。
「うぁっ…」
思わず声が洩れる。突き飛ばそうにも体に力が入らず、人形のように両手は垂れ下がる。
昔からそうなのだ。どうも他人が首筋に触れると全身虚脱状態に陥ってしまう。
生き物は大抵そうなのだろうと思っていた。野生動物が首筋を狙って獲物を仕留めるのはそれ故なのだろうと。
しかし、今日の高杉の反応を見る限り、どうやら個人差があるものらしい。
なんにせよ、そんな弱点をわざわざさらしてしまったのは失態だった。
高杉はすぐには次の攻撃にうつってこないものの、まだ俺の首筋に顔を近づけている状態だ。
一度力を奪われた俺は微かな吐息の気配にさえ過敏に反応してしまいそうで、それに堪えるのに必死で抵抗することが出来ない。
「十四郎」
「くっ、喋んな!退、けっ!」
高杉の息はもちろん、自分が声を出すだけでも喉の震えに反応してしまう始末だ。悔しさに唇を噛む。
「気持ち良いんだろ?素直になりゃァ好きなだけ舐めてやるぜェ?」
「ち、げェよっ…。マジ…やめ、ろっ!」