□僕等マジック
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「で、そん時電気走ったアル!びびびっと!」

思い出しただけでその電気が再発生して、私は沖田の机の上に突っ伏した。急に火照った頬には木の冷たさが気持ち良い。
顔を向けた窓に夕焼け始めた景色が透けている。眩しくて目を細めた。花のない桜の木が狭まった視界に映る。
たしかあれは姉御の言っていた伝説の桜の木だ。一番満開になった日にその花の下で告白をすると必ず叶うと言われているらしい。
その話を聞いた時には何とも思わなかったけれど、恋する乙女とやらになってしまった今となっては、葉っぱしかない木のシルエットにすらときめいてしまう。

「よし、告っちまえィ」

「短絡的すぎアル!」

抗議するために思い切り顔を上げると、私の頭上でスタンバっていた沖田の拳が脳天に当たった。

「サイテー」

ぶつかった場所をさすりながら睨みつけると、沖田はばーか、だっせーと言って笑った。
ありったけの力を込めて机の下で脛を蹴ると、その笑顔が歪んだ。ざまぁみろと言って笑い返してやる。

「でもよー、教師と生徒って禁断じゃねーか」

蹴られた方の足を椅子に上げて擦りながら沖田は言う。

「告れって言った奴が何ヨ」

大体いつ私が告るって言ったアルか、と言うと沖田はそうだったねィ、と大真面目な顔をして答えた。
全く、頭の弱い奴との会話はおかしくなっていけない。

「でもあいつ独り身だから人恋しいかもしれないぜィ?そのうちに夏も来るし」

「そういうもんアルか?」

「そういうもんだ」

「そういや6月って、じゅのんだっけ?」

「ばーか、じょーんだろィ」

「そんな月あったっけ?」

「まんでーは曜日だよな」

「あ、そういや歌習ったアル!さんでーまんでーるんるるん」

「全然覚えてねーじゃねーか」

「じゃぁお前覚えてるアルか?」

「ったりめーだろィ。さんでーまんでーさんでーさんでーさんでー」

「さんでー四回もあるわけないアル!ばーかばーか」

「…」

「…」

「俺、英語苦手」

「あ、私もアル」

「…」

「…」

「日本人だしな」

「中国人もどきだしな」

「…」

「…」

「あ、そういや俺こないだすげーこと発見したぜィ」

「え?何アルか?」

立ち上がった沖田に付いて黒板の前まで行く。
今日の日直は几帳面だったのか、一日使い込まれたはずの黒板は感心するほど綺麗だった。

「見とけよ?」

沖田が白いチョークを一本手に取る。そして怯むことなく、完璧に磨かれていた黒板にぐしゃぐしゃに丸まった毛虫のようなものを二つ並べて書いた。

「何アルかこれ」

「見てわかんねーのか?ゲジ先だろィ」

ゲジ先というのは理科の教師で、あまりによく繁った一対の眉毛を持っていることから、私と沖田の間ではゲジゲジ眉毛の先生、略してゲジ先と呼んでいたのだ。

「とりあえず人じゃないことしかわかんねーヨ」

「ばーか、ゲジ先の特徴を見事に現してるじゃねーか。もっと純粋な気持ちで見つめろィ」

「…うーん…」

たしかにそう言われてじっと見ていると、この稚拙な白い落書きがゲジ先にしか思えなくなってくるから不思議だ。沖田マジックだ。

「私ならもっとゲジ先に近づけられるアル」

近くにあった青いチョークを手に取り、力強く眉毛を書いていく。
横では沖田が新たなゲジ先を誕生させるために白い線を走らせていた。
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