話
□碧空
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かつんかつんと梯子が鳴って、少し身を硬くする。
生徒指導の教師か、誰かが縄張り荒らしに来たか、或いは…。
そのいずれにせよ戦闘態勢で挑まなければならないことに変わりはない。
数段分の音が続いた後…見えたのは、銀髪頭だった。
あぁ、一番厄介な野郎が来やがった。
頭の中で、全戦闘要員が瞬時に武器を構えた。怯えを隠した厳しい表情で前方に睨みをきかせる。
「お、土方じゃん」
「…おう」
よっこいせ、と親父のような掛け声と共に坂田は給水塔に上ってきた。
コンクリートの砂埃を手で払って俺の横に座る。その手を見て顔をしかめ、ずぼんに汚れを擦り付けてから俺に視線を寄越した。
「結構久しぶりじゃね?会うの」
「オメーが来てなかったからだろ」
面と向かうことが出来ず、目線を坂田のずぼんの白く汚れた部分にやった。
戦闘要員たちは息を殺して攻撃の機会を窺っている。
「いやぁ、試験の結果悪すぎてよォ。このままじゃ留年とか言われちまったから真面目に授業出てたんだよね」
偉くね?と坂田は俺の顔を下から覗きこむようにして笑んだ。
たったそれだけのことで、戦闘要員から敗走する者が出始めてしまった。
たちまち陣形が崩れ、俺の視界には歪みが生じる。
なんて情けない。全勢力を動員した戦闘モードになって気合いを入れた結果がこれか。
こんな状態では勝ち目があるとは到底思えない。
気のせいかその通りなのか、坂田は勝利を確信した武将のようにやたらと力のある目をしていた。
いつもの死んだ魚はどこにやってきたのだろうか。
俺の中の平兵士たちはほとんど逃げ去ってしまった。残る長たちも自決の構えを取り始めている。
…なんとかしなくては。
「なあ」
「…んだよ」
いかにしてこの窮地を脱しようか考えていたところに、不意に真面目な調子で呼び掛けられた。
驚いたせいで返事をする声が僅かに上擦ってしまった気がする。記憶を反芻しつつ、坂田に気付かれはしなかったかと何気ない視線を送って確かめた。
途端、目があって、視線を虚空に追い払う。
ぼんやりと目を泳がせる先に広がる空は、一面景気の良い青色だ。
音をたてないように、体を動かさないように、省エネモードの深呼吸を数度繰り返す。
全員もう一度集まれ、一斉攻撃の用意だ。
ほとんど懇願に近い号令で、なんとか戦闘員たちを呼び戻した。
「お前さー、やっぱ面白いな」
「は?」
誉めているのか馬鹿にしているのか、ただ思ったことをそのまま口に出したのか、なんにせよ不意をついた言葉に誘われて坂田に視線の矛先を戻す。
「今度の数学の小テストで俺が満点とったらさー…」
「…なんだよ」
「ご褒美にチューしてくんね?」
「ば…!」
あまりに攻撃力の高い発言に俺たちが固まると、坂田は鬼の首でも取ったかのような誇らしげな顔をし、それから破顔一笑。
照らされた銀髪が目映い光を放っている。
あぁ、もう完全にやられた。
戦闘要員たちは皆、逃げる気も自決する気も勿論闘う意欲もすっかりなくしてその場に座り込んだ。
碧空の下、無数の白旗が翻った。
終
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