□メゾン半刻
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眠い、眠くない、やっぱ眠い、寝たい、部屋、ベッド、土方…襲いたい、寝れない、眠い、ヤりたい、寝たい…

「どうしたんです?ぶつぶつ言って」

重い瞼を抉じ開けると、志村が怪しい人間でも見るような顔をして目の前に立っていた。
鞄を持っているから、自分と同じように何処かから帰ってきたのだろう。これから出掛けて行くとは思えない。
こんな夜明け前に共有スペースでこいつに会うなんて少し意外だった。

話を逸らす目的もあってそう告げると、最近居酒屋でバイトを始めたのだという。
名前を聞くと、俺のバイト先のバーとそう離れていない場所にある店だった。

「3日間連続で入ってたんでもう体ボロボロですよ」

「甘ェな、俺は5日目だ」

「それでちょっとおかしくなっちゃったんですね…」

「ぶっ殺すぞテメェ」

睨みを効かすも、志村は何食わぬ顔で俺の視線を受け止めた。少し驚く。大抵の奴はこれで怯むのだが。
今まであまり関わりを持ったことがなかったが、案外面白い奴なのかもしれない。

「土方さんって、高杉さんと同室の人ですよね?」

「あ?あァ」

「付き合ってるんですか?」

「…」

あまりに唐突でストレートな質問に言葉を失った。

こいつ、面白いどころかとんでもない食わせものなんじゃなかろうか。…見た目はただの地味な眼鏡のくせに。

隠す必要も特に思いつかないから首肯した。どんな反応をするか見てみたい気持ちもあった。

「今日だけ部屋、代わりましょうか?」

志村は平然とそんな提案をした。
まったく、この男はことごとく予想外のところをついてくる。

「この壁の薄い寮で明け方におっ始められたら隣の人も可哀想ですし」

ね?と無邪気に見える笑顔で同意を求められ、曖昧に頷いた。
すっかり主導権を握られている。
それがどうも気に食わなかったが、きっと俺より深夜労働量が少ないから頭が回るのだろうと強引に判断した。

ここはこいつに乗ってみるか。

今回の深夜勤続きはマスターが休暇を取って沖縄に行ってしまったからで、こんな状況に陥ることはもう暫くないはずだ。
たまにはこんな夜があってもいい。





なんて思ったら。

…なんだこれ。

鍵のかかっていない志村の部屋に入り、思わず呟いた。
寮にあるはずのないダブルベッドが、豆電球の灯りに照らされているのだ。

足を止めて凝視する。
問題の寝具は、大して広くない部屋の中心を占拠している。
備え付けの二段ベッドはどうしたのか。それどころか机や棚の類もなくなっている。
もともとこんな部屋なのだろうか。いや、そんなはずはない。全室同じはずだ。大体学生寮に勉強机がないわけがない。
何より、男子二人部屋にダブルベッドが備え付けられることがまずありえないだろう。この寮がゲイを推奨しているなんて話は聞いたことがない。

ならば、何故今、俺の目の前にダブルベッドがあるのだろうか。

考えようとしたものの、頭の方はもうほとんど限界だった。立ったまま寝てしまいそうだ。
志村は特に何も言ってなかったし、さして問題はないのだろう。もうとにかく今はゆっくり眠れさえすればいい。
幸い、なかなか寝心地が良さそうだ。

鞄を壁際に置き、その上に上着とジーパンと靴下を放る。携帯の液晶を見ると6時近かった。明日も自主休講かもしれない。
好きなだけ寝てていいと志村には言われていたから、その言葉に甘えることにする。アラームをセットせず、携帯は服の上に乗せた。

ベッドに入ろうとして近付くと、先客がいることがわかった。左端だけ掛け布団が盛り上がっている。
そう言えば誰と同室なのかは聞いていなかった。見知った連中のどいつかではあるはずだが。
しかしそんなことよりも、眠気の方が重大だった。
誰かはわからないが、選り好みなど出来ない。大体、土方以外に興味はないのだ。
バスの席が隣同士になったくらいの気持ちでいようと一人合点し、空いている側の布団に潜り込んだ。
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