□週末に襲来
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「旦那ァ、赤がありやせんぜィ?」

「あー、それは使いきった」

「そんなら青は?」

「それも使いきった」

「黒と灰色と黄土色しか残ってねェんですかィ?」

「そうそう。そういう地味な色って好きじゃなかったんだよなー」

「俺は結構好きでしたけどねィ」

「まぁこの三色がありゃ牢屋なら描けんだろ」

「そうですねィ、早速やりやすか」

「バカかテメーら、ヤメロ」



ったく。急に人の部屋に連れ立って上がりこんできたかと思えばなんなんだ。
坂田は薄汚れた小箱片手に沖田の依頼で模様替えに来たとか抜かすし、沖田はこんな殺風景な部屋じゃ副長としての威厳が保てないとかわけのわからないことを言う。
話にならない。

百歩譲って模様替えは良しとしても、壁にクレヨンで牢屋描かれて一体なんの威厳が保てるというのだろうか。
近所の子供に落書きされたとしか思われないに違いない。
そんなもん隊士たちに馬鹿にされるだけだ。

取り上げた箱を見やると「さかたぎんとき」とみみずののたくったような字が蓋一面を埋める大きさで書かれていた。
よくもまぁ二十代も終わりが見え始めた男がこんなものを持っていたものだ。
呆れつつも感心した。

「返してよ土方クーン」

「ほらー、土方君たらお友達いじめちゃいけませんよー?」

「…描くんじゃねーぞ」

「それは聞けねーな、俺は受けた依頼はやりきる!」

「さすが俺が見込んだ男、すげー信念だァ」

「普段のやる気のなさはどうした」

危険なのでクレヨンは死守することに決めた。
早く飽きて違う遊びを始めてくれることを願う。
しかし、二人の目は俺の手にある箱から離れない。

「なんで駄目なわけ?可愛い部下が副長サンのためを思って依頼してくれたんじゃねーか。これを無下にしちゃ男がすたるんじゃねーの?」

「この世のどこに自分の部屋の壁に牢屋描かれるのを許す奴がいんだよ。嫌がらせ以外のなにものでもねーだろーが」

「ひでーや土方さん、俺はあんたが快適に過ごせるようにと思って…」

「檻の中でか?快適なわけねーだろーが!」

「まぁものは試しってことで」

「そんな危険な賭け乗ってたまるかァァァ!」

不毛な言い合いに疲労が溜まる。
せっかくの休みだっていうのに、こいつらに関わると本当にろくなことがない。
単体でも厄介なのにまさかコンビで来るとは。

「わかった、ならまず俺の描く牢屋がどんだけ素晴らしいか見せてやるよ。スケッチブック持ってこい」

「あるかんなもん」

「はー?なら落書き帳」

「余計ねーよ」

口をとがらせて不満を露にする天パ頭をシカトする。
いいかげん諦めて帰ってくんねーかなコイツ。
普段面倒臭がりのニート予備軍なくせになんでこういう下らないことには一生懸命になるんだろうか。

「あ、なら自由帳は?」

「もったいぶってねーで早く出せよ土方このやろー」

「しつけーな!」

苛立ちはもう最大限度を超えて宇宙に到達。この馬鹿共を叩き切ってやろうと腰の刀に手をかける。
否、かけたつもりの手は空振りをして変な位置で止まった。
そうだ、今は2本とも掛け台の上。
こいつらが来ると知っていれば差しておいたに違いないのに。

「土方さん、短気は損気ですぜィ?」

「十分堪えただろーが!金ならやるからファミレスでも行ってきやがれ!」

「え?マジで?」

食いついた坂田に札を渡し、もうちょっと寄越せだのケチ方だのという二人を無理やり部屋から追し出した。

そうして漸く平穏な休日の風景が戻ってくる。
ただ一つ違和感を醸し出しているのが、坂田から取り上げたままのクレヨンだ。

外出している間にあの二人が戻ってきたら面倒なことになりそうだし、かといってここにいてやることもない。
暇つぶしに少し絵でも描いてみるかと、文机に箱を置き、積んでいた書類の中からもう不要になった紙を取り出して裏返した。

箱の中には本当に黒と灰色と黄土色しか残っていなかった。
他の色があったであろう箇所は空白になっているか、持てないほどちびた塊が残っているだけだ。
よくもまぁここまで使い切ったもんだ。

澱んだ三色を前に、何を描こうかしばし考える。
もともと絵心がある方ではない。
子供の頃に描いていたのだってせいぜいがへのへのもへじ程度だ。

…そうだ。

閃きのままにまず黒を取り、適当なへのへのもへじを二つ並べて描く。
次に灰色で片方に天パを、もう片方には黄土色で真直ぐな髪をつけた。
これで完成。

単純な線の集合だけでもなんとなく本人とわかるから不思議だ。
むしろこの間の抜けた感が一層の本人らしさを醸し出しているような気さえする。



見やがれ、牢屋以外にも描けるもんあんじゃねーか。

今はいない阿呆二人に心の中で言ってやった。








短編集BL

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