□患部 心臓
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鼓動が止まらない。
血液が暴れ狂う。

破 裂 し て し ま う!




「で、逃げてきたのかよ」

「う…、そ、そうはっきり言うことはなかろう…」

「違うのか?」

「ち、違わんが…」

大体よォ、と高杉が隻眼を細めたまま頬杖をつく。反射的に姿勢を正して続きの言葉を待った。
同じ歳なのに(しかも身長は低いくせに)この凶悪な威圧感は何なのだろうか。昔からついつい気おされがちだ。

「お前が今日こそ告白するっつーからわざわざ屋上に呼び出してやったってのによォ、なんも言わねェで逃げてきたってのはどういうことだ、ヅラァ?」

ヅラじゃない、桂だ。律儀な訂正は胸中に留めて項垂れる。
高杉の言うことはもっともだ。もっともすぎて返す言葉がない。というか何か言い訳でもしようものなら手酷い仕打ちを受けそうだ。

「ったく。本当に告白する気あんのかよ」

「もちろんだ!俺のこの熱くたぎる心の内をさらけ出すつもりだ!」

熱弁する俺に対して向けられる高杉の視線は冷たかった。

「ドン引きされねェことを祈ってやろう」

「縁起でもないことを言うな…」

「お、噂をすりゃァ…姫さんの登場じゃねェか」

高杉が低い声で放った言葉に、条件反射で再び姿勢を正した。そしてゆっくりと首を回す。

「桂、お前俺に用だったんじゃねーのかよ!」

愛しい人が、俺の名を呼んだ。
それだけのことで、窓から飛んで行けそうだ。それなのに、土方は足音を鳴らして俺に近寄ってくるではないか!

思わず椅子から立ち上がり、また逃げそうになった。
否、違う。逃げるのではない、戦略的撤退だ。そうだ、プレゼントくらい用意しておくべきだった!俺の馬鹿者!

「逃げんなよ?ヅラァ」

だから、桂だ!
いや、そんなことはどうでもよくて、土方が、今俺の目の前に!

あぁ、心臓が口から飛び出してコサックダンスを踊りそうだ!

「わざわざ屋上まで呼び出しやがって。タイマンならこっちはいつでも準備出来てんぞ」

俺の方は準備が出来ていないのだが…。しかし目を泳がせて確認してみても、横には高杉、反対側には机、目の前には土方、もはや窓を突き破って飛び立つ他はない!
いや、駄目だ!今日はパラシュートを持ってきていないではないか…!なにか、なにか他にこの窮地をスマートに脱する方法はないのか…!?

「や、あの…」

「なんだよ」

カラカラの口の中に必死で唾液を出そうと試みるもうまくはいかない。
土方が俺を見ている。なにか、なにか言わなければ!

…ええいままよ!もうこうなれば立ち向かうのみ!

「た、た…タイマンなどではない!対話だ!心と心のぶつかり合いだ!いや、体のぶつかり合いもいずれ、などとは考えていないからな!俺はそういうところは結構ウブだ!」

「は?」

きょとんとする土方の愛らしさと言ったら!
もう駄目だ、心臓は限界間近だ!死ぬ前に、俺の、魂の叫びを…!

「…俺は、土方のことが好きだー!」

「はァァァ!?」

「お、言いやがった」

心臓はまだ口から飛び出すことはなく、俺の胸の中で破裂寸前を保っている。けれどその拍動はやるべきことをやった満足で、少しずつ落ち着きを取り戻していきそうだった。
目の前の土方は俺の渾身の愛を体全体で受け止めようとしてくれているらしい。ぴくりとも動かない。

「土方ァ、死んだか?」

「な、コレ…ドッキリか…?」

「残念ながらよォ、マジだ」

「なにが残念だ!失礼な!」

土方が、よろめくように一歩後ろに下がった。

「…なぁ桂」

「なんだ!?デートの日取りか!?実は俺、最初のデートは動物園が良いと思うのだが!」

「いや、つーか俺らほとんどろくに喋ったこともねーよな…?」

「俺はいつも心の中で話しかけていたぞ?」

土方はまたよろりと一歩下がる。貧血気味なんだろうか。今度レバーとほうれん草を差し入れしよう。

「…あのな、付き合うとかちょっと、無理っつーか…」

「…え!?何故だ!俺のどこがいけない!?全部直すぞ!」

「そのうっとうしい髪じゃねェかァ?」

「貴様は黙っていろ!」

「いや、いけないもなにも全然お前のこと知らねーし…」

「そうか!しかし案ずることはない!手に手を取り合い互いを知っていこうではないか!」

「ちょ…なんでそうなるんだよ…」

「ヅラァ、お前振られてんぞ」

「ヅラじゃない、桂だ!」

「突っ込むとこそこォォォ!?」

土方のなんだか卑猥な叫びを聞いた俺の心臓は遂に限界を迎えた。

ゆっくりと感覚を失って前のめりに倒れていく。

土方は抱きとめてくれるだろうか。それが俺の最後の意識だった。






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