□夏と口実
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なにかに呼ばれている気がして、目を開いた。
闇の中、枕元の携帯が音を鳴らしながら光を放っている。
誰だろこんな時間に。
よほどの緊急事態か、夏に浮かれた友達のイタズラか。
まだなんとなくぼんやりしている目で、液晶に表示されている名前を確認した。

沖田総悟

瞬間。ばくり、と心臓が脈打った。

鳴り続ける携帯を握り締めたまま、何故かベッドの上に正座してしまう。すっかり目は覚めた。一つ呼吸をして、開いた携帯の通話ボタンを押し込む。

「よ、よォ」

「なに、何の用アルか。こんな時間に」

久しぶりに聞いた沖田の声は、少しだけ大人びたような気がしてドキドキした。
それを悟られないように、あえてそっけない言葉と声音を選んだ。正座の膝の上で、空いている方の手を握り締める。

「寝てたのか?」

「うん」

「…悪ィ」

謝る声が、耳もとにくすぐったい。もう一度言って欲しくて、あえて意地悪な言葉を探す。

「乙女の寝込みに電話するなんて、マナー違反もいいとこアル。もっと謝ってもらわないと足りないネ」

「…ごめん、ごめんな」

らしくもなく素直に飛び出す沖田の言葉。すっかり舞い上がって、私は正座を崩してベッドに倒れこんだ。体が跳ねて、スプリングが小さく軋む。

「それで、どうしたアルか?」

「英語の宿題、終わったか?」

「まさか」

私は宿題はラスト一週間で片付ける派なのだ。家族総出で。

「なら…なんつーか、一緒にやらねェ?」

「え?」

思いがけない誘いを思わず聞き返す。

「嫌なら、いい」

「嫌とは言ってないアル!ハゲ!」

嬉しさのあまり、つい父親に毎日言い放っている言葉を付け加えてしまった。
英語どころか、数学も、読書感想文も、自由研究も、全部一緒にやりたい。夏休み中は会えないかもって思ってたけど、まさかこんな方法があるなんて。

「誰がハゲでィ」

「将来のお前アル」

あぁ、またこんな可愛くないことを。落ち着け私。一端携帯の通話口をふさぎ、大きく深呼吸をする。このチャンスをがっちり掴まないと。

「数学、教えてくれるならいいアルよ」

ニヤける頬を押さえながら、なんでもない風な口調で言った。夏の夜の向こう側で、沖田が小さく笑う声が聞こえた。

「我侭な奴だねィ。明日、空いてるか?」

「大抵暇アル」

「寂しい奴。まあ…俺もだけど」

初めて、何処にも連れて行ってもらえない夏休みに感謝した。

「明日昼飯食ったら迎えに行く」

「うん。えっと…」

「ん?」

名残惜しくて話題を探す。けれど、明日会えばいくらでも話せるのだ。

「いや、なんでもないアル!おやすみ!」

「おう、おやすみ」

電話を切って、数分間の会話の余韻に浸った。退屈なまま終わると思っていた夏休みが、こんなに素敵なものになるなんて。
枕に顔を埋めて、沖田のことを想う。こうして誘ってきたってことは、両思いかもしれないと自惚れてもいいんだろうか。いや、まだわからない。だけどとにかく嬉しい。

携帯のぬくもりを胸に抱いて、明日の服はどうしようかと考えながら、私はいつの間にか眠ってしまった。






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