□SEPTEMBER RAIN
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先客は一人の男だった。俺と同じように雨から逃れて来たのだろう。会釈をすると、無言でこちらに射るような視線を送ってきた。そのあとは目をそらし、黙って止まない雨を見つめている。

装いは黒い着流しで、口元には煙草を燻らせていた。

腰に刀こそさしていないものの、雰囲気は武士のそれだった。無闇に近づけば、斬られそうだ。間違いなく、自分の一番苦手なタイプだと思った。

しかしこの男、どこかで見たことがあるような気がする。気取られない程度に改めて男の顔を盗み見ると、やはり頭の片隅に何か引っ掛かるものがあった。

対して相手側はこちらの顔には覚えがないのだろう。見合った時にもそれらしき反応は見られなかった。あるいは抑制しているのかもしれない。なんにせよ関わり合う気はなさそうだった。

なんとなく腹立たしい。完璧な進行を足止めした雨のせいもあるが、それ以上に隣にいる男の存在が勘に触っている。

すかしやがって、と胸の内で吐き捨てた。それで少しすっきりした。

夕暮れの曇天を振り仰ぐ。雨足は強く、なかなか止みそうになかった。濡れた体に夜からの風が吹き当たり、徐々に体温を奪っていく。風邪をひくのも時間の問題かもしれない。

これならば走って帰った方がマシだろう。普通に路上を行けば落下する心配もないのだし。それに、この男と雨が止むのを待つのは精神的にもよろしくなさそうだった。

足首を交互に回し、準備体操をする。ついでに首も鳴らすと、ばきりという嫌な音がした。不吉だ。これ以上不幸が重なるというのだろうか。




「お待たせー、寂しかったー?」

「遅ェ」

間延びした声と共に、傾けたままの視界に見覚えのある顔が入ってきた。今度のははっきり覚えている男だ。我ながら嫌になるほど予感は正しかった。

首を戻し、溜め息をつく。同時に、この束の間の軒下同居人のことも思い出していた。

「あれ、お前もいたのかよ。俺の土方になんもしてねーだろーな」

「口すらきいてねーよ」

相合い傘の下の天パ野郎に睨まれ、吐き捨てるように言葉を返す。

「知り合いだったのか」

呟くように土方が言った。声を聞くのは初めてだった。低く落ち着いた、嫌いじゃない響きをする声だと思った。

そして、土方はほんの少しだけ、俺に笑みを向けた。

さっきまでの苛立ちは、一瞬で消え去った。

「悪かった。いきなり屋根から降りてくるもんだから、曲者かと思ってた」

そうだ。この顔だ。俺が見たのはこの幻のような笑顔だったのだ。不思議なことに、一瞬前とは全く違う雰囲気になる。たしかに同じ人間の顔なのに、まるで別人物のような印象を俺に与えるのだ。

呆然として立ち尽くす。ついまじまじと土方の顔を見つめてしまった。

「デレデレしてんじゃねーよ!土方は俺のだからな!今後一切近付くんじゃねーぞ!」

「失礼なこと言ってんじゃねーよ!」

二人はぎゃーぎゃーと言い合いながら、一つの傘に仲良く収まって去っていった。並んだ背中はすぐに角を曲がって、見えなくなった。

軒下に残された俺は寒さも忘れ、去り際にもう一度向けられた土方の笑みを反芻していた。

前に見たのは携帯の画面だった。あの銀髪バカに自慢気に待受を見せられたのだ。その時はなんとも思わない素振りをしたものの、本当は一目で心を奪われていた。

その恋心も、最近になってようやく落ち着いてきていたというのに。

本物は、写真の何倍も、凄かった。
おかげで、巨大な魔物に成長した恋心が俺の胸に帰還してきてしまったではないか。

左胸でひどく暴れて、手がつけられない。

「くそ…っ」

なんでよりによってあんな奴の恋人なのか。なんでよりによって俺はあの馬鹿を友人だと見なしているのか。これではどうにもしようがない。

魔物は気焔を吐いて暴れている。おかげで体が熱い。

冷まそう。覚まそう。全て洗い流して忘れてしまおう。

俺にそれ以外の選択肢なんてない。

我ながら紳士だ。まったく。アホらしい。



軒下を飛び出して、夏の名残も失せ消えた冷たい雨風の中を、独りで走り抜けた。








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