話
□落葉には早い季節
1ページ/1ページ
制服のズボンのポケットには、百円ライターを一本常備している。財布を忘れようが携帯を落とそうが、これだけは欠かすことがない。
時々手をつっこんでは、ちゃんとあることを確認し一人頷く。今ではそれがすっかり俺の癖になった。
「坂田、火」
「また無くしたのかよ」
「いや、切らした」
「加減しねーと死ぬぞ?」
「うっせ。いいから早く寄越せ」
請われるがままに、ポケットから取り出した百円ライターで火をつけてやる。いつもより慎重に、ゆっくり時間をかけた。それでも一瞬の出来事だ。目を細めて炎を見つめる土方は、何も気づいちゃいない。
煙草の先に赤が点った。立ち上る細い煙を確認して、ライターを再び定位置におさめる。
土方は無表情で、けれど僅かに満足げに紫煙を吐き出した。特に礼の言葉もないのはいつものことだ。
喫煙中の土方は、普段にも増して無口になる。
今は、俺もそれに倣って黙りこんだ。土方が煙を吸って、吐く。そのタイミングに自らの呼吸も合わせてみたりして。風上にいるから副流煙はやってこない。それを残念に思う俺は、多分結構変態だ。
そのうちに、煙草は吸殻へと完全なる変化を遂げた。それを土方がコーヒーの缶の中に押し込むと、じゅっと小さく音が鳴った。
「悲鳴みてーじゃね?」
「そーか?」
体育館裏の朽ち果てたベンチに二人並んで座って、たまに言葉を交わす。二言三言で終わるような簡単な会話だ。特に広がりも盛り上がりもせず、いずれも聞こえない悲鳴をあげて終わっていく。
それ以外の時間は、色を変え始めた木々の葉をぼんやりと眺めたり、自分の足元を見下ろしてみたり。それくらいしかすることもない。
しかし決して退屈ではなかった。むしろ時間が早々と過ぎ去っていく。そんな秋の入口の一日。
なんとも平和だ。この胸の内以外の世界は。
爽やかな風が吹く。涼しげに木の葉は揺れる。そっと背を押されたような気持ちになって、俺は計画の実行の決意を固め、目を閉じた。
準備してきていた言葉を、頭の中で何度も引っくり返してみる。大事な言葉だ。この俺の世界を一変させかねない、引き金だ。
なるべく何気無く、ただし素っ気なくはならないように、かつ期待を表に出さないように。注意事項をしっかり確認して、目を開く。
隣を見ると、土方もちらりと俺を見た。俺の考えを知るはずもなく、土方はあくびを一つして長袖のシャツで目を擦った。
「なぁ…お前、好きな奴いんだって?」
「いねーよ」
意を決して放った言葉には、切り捨てるようにはっきりとした否定が返ってきた。けれど少し声が上擦っていたのは気のせいじゃないだろう。いつものことながら、嘘が下手だ。
「嘘つくなよ、沖田くん言ってたぜ?」
「あいつの言うこと真に受けんな」
土方は苦々しげに眉をひそめて俺から目を反らした。そのまま俯いて靴の踵で地面を掘り返し始める。湿った土があちこちに散乱していく。
もうちょっと突っ込んで聞いてみようか、ここで引き下がった方が賢明か。うやむやなままでは自分の気が済まないことはわかっている。けれど強引に行けばますます意固地になって口を閉ざしかねない。
「…火、寄越せ」
ぶっきらぼうに言われ、反射的にポケットに手をつっこむ。けれど取り出さずに、そのまま中で握り締めた。
「欲しけりゃ本当のこと言えよ」
「い…いねェつってんだろーが!」
「顔、赤ェし」
もうさっさと白状しろよ。お前がわざとあちこちにライター置きっぱなしにしてったり、用もないのに火着けたりしてんの、聞いてんだからな。
ポケットの中で、ライターを握った手に汗が滲んでくる。でもそんなのは知ったことか。
俺から告げるなんて、癪だから、もう手汗でぐちゃぐちゃになろうがなんだろうが、言うまで待っててやる。
土方は耳まで真っ赤にさせてるくせに、それでもまだ口を割ろうとはしない。言うまいとしている、強い意志が目に宿っているのが見てとれた。横目で睨まれる。いつもより迫力はない。
「お前は…どうなんだよ」
「お前が言うまで言わねー」
「俺だって、お前が言うまで言わねーからな!」
「なんでそうなんだよ!」
睨みあいになった俺たちの横を、まだ若い秋風が通り過ぎていく。その爽やかさに反して、どんどん蒸れていく俺の手の内。
このまま意地の張り合いを続けていたら、秋は深まり、木々の葉も落ちて、冬になってしまうんじゃなかろうか。そんな風に時間を消耗させてしまうのは勿体無いじゃないか。
だから、早く素直になりやがれってんだ。
「「さっさと言いやがれバーカ!」」
声はハモって、想いだってきっと同じで、それでも俺たちは…。
あぁ、もう、畜生!
ライターを手放して、ポケットから濡れた手引き抜いて、頑固な野郎を思い切り抱きしめた。
「俺は、絶対に言わねーからな」
「…俺だって」
そう言って、土方も俺の背中に手を回した。
素直じゃねーな、お互い。
終
戻 短編集BL