話2
□メロウ
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午後5時を過ぎた音楽室。西側にある窓ガラスが、夕陽を部屋に招き入れている。
奇妙に鮮やかなセピア写真に入り込んだようで、時が止まっているのではないかと錯覚しそうになる。
そんな中で鳴り響くピアノの音色は、しっくりと馴染むようでいて異質だった。
確実に終焉に向かうメロディだけが、今が流れていくことを実感させる。
明日は卒業式だ。
卒業生の俺たちは合唱を行うのだが、俺が指揮で高杉が伴奏を担当することになっている。
もう何度も練習は繰り返してきたし、今日の予行でも何の問題もなかった。特に緊張や不安はない。
一応最終確認をしたいと言って音楽室を借りたが、結局何の確認もせずにいた。
俺は椅子を並べてその上に寝転び、高杉はよくわからない曲を気分良さ気に弾いている。
他にすることもないのでそれを眺め、気まぐれに指揮棒を振り回したりしていた。
ピアノを弾いている時の高杉の姿が、俺は結構気に入っていた。
伸びた背筋は自分の打ち込んでいた剣道を思い出させたし、平均より少し華奢な十本の指があちこちに動くのは見ていて飽きることがない。
眼帯に隠されていない切れ長の眼が、その眼差しが普段より一層尖って見える。
まるで、狩猟者のような。
なァ、何を捕まえようとしている?
「綺麗だな」
俺の口から不意に飛び出した言葉は、夕陽とメロディの中に呆気なく消えた、気がした。
自分の言ったことに驚いて、指揮棒を持っていない方の手の甲で咄嗟に口を覆う。
本人に聞こえていないことを切に願った、けれど。
「綺麗?」
鍵盤の上を滑らせる指はそのままに、俺の顔を見て高杉が聞き返した。
憎らしい笑顔。いつだって、流して欲しい言葉ほどこの男はわざわざ拾ってくる。
自分の発言に今更照れた。男相手に綺麗だなんて。
いくら卒業の感傷に浸っているとはいえ、ありえない。
「…夕焼け空が綺麗だっつったんだよ」
この顔が赤く染まっていても、それは断じて夕陽のせいだ。
「そーかよ」
信じたのか、見透かしたのか。
最後の和音が響いた。
終
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