話2


□そこにいたおれ
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「山崎、悪いがトシを呼んで来てくれないか?多分まだ担当区域を見回っているはずだから」

今日中に提出しなければならない書類を書き込んでいた近藤さんが、部屋の片隅でラケットを振っていた俺に言った。
俺はこの委員会内では一番下っ端で、よくこうした体を使った仕事を任される。この書類が書きあがった時に出しに行くのも多分俺だ。

「はいっ!あ、でも携帯鳴らせばいいのでは…?」

ラケットを机に置いて、ふと湧いた疑問を口にした。土方さんだってもちろん携帯を持っている。初めて会った時に赤外線通信をした覚えがあるし、急な集まりがある時にはメールがくる。

「あのバカ、ここに置きっぱなしなんでィ」

寝ているとばかり思っていた沖田さんが、アイマスクを外して机の上の携帯を手に取った。見覚えのある黒い携帯、マヨネーズのストラップ。

「しかしメールも電話も来ないたァ、友達いないんかねィ」

勝手に携帯を開いて沖田さんは意地悪く笑う。このまま持たせていたら何かよくないことをしでかしそうだ。

「あの、俺ついでに持ってって渡しますよ」

何気ない風を装って右手を出す。沖田さんは玩具を取り上げられた子供のような顔をして、それでも案外すんなりと渡してくれた。少し拍子抜けする。

「あの人ロックかけるようになっちまったからつまんねェや」

俺の心中を察したのか、沖田さんはそう言ってまた居眠りの体勢に入った。机に突っ伏した拍子に紙切れが一枚跳ねる。目を凝らして見てみると、4ケタの番号がいくつも書かれ、その上から線が引いてあった。おそらく思い当たる番号を全て駆使して解除を試みたのだろう。俺は絶対に置きっぱなしにするまい。

「じゃぁ行ってきます!」

「おう、頼んだぞ」

携帯を握り、近藤さんに一礼して部屋を飛び出した。心が弾む。あの人と二人きりになる口実が出来た。それだけのことで、どこまでも走っていける気がする。

土方さんの担当場所は三、四階と屋上だ。一つ階段を上り、人気のない教室を覗きながら廊下を駆ける。
見回りに出てからわりと長い時間が経っていた。どこかで問題でもあったのかもしれない。その可能性に思い至ってスピードをあげた。
不良生徒にからまれて、助けも呼べずに暴行を受けていたら…。その想像は実のところ、何度もしているものだった。

シャツを引き裂かれ、今にもベルトを取り去られそうな土方さん。卑らしい笑みを浮かべながら、暴れる彼を組み敷こうとする4人の不良生徒。そこに颯爽と助けに現れる俺。ミントンで鍛えた腕っ節にモノを言わせ、襲い掛かってきた不良共をあっという間に床に沈める。「大丈夫ですか!?」そう言って駆け寄ると、土方さんは頬を赤らめて俺に見とれるのだ。そして一言。「山崎、惚れたぜ」もうこれしかない。

にやける頬を、一度叩いて引き締めた。あやうく垂れそうになった涎をシャツの袖で拭う。
三階にはいなかったので、更に階段を上った。合唱の練習をしている音楽室とその準備室は飛ばし、隣の美術室をそっと覗いたがそちらも部活動中だった。あとは一年生の教室だ。緊張しながら確認していくが、土方さんの姿も不良生徒の姿も見当たらない。

行き違ってしまったのだろうか。その可能性が高いと思った。教室は全て確認したし、トイレにもいなかった。まさか合唱の練習に紛れているということもないだろう。もしかしたら職員室にでも寄っていたのかもしれない。

もう一カ所、屋上が残っていたがそこに長居しているとは思えなかった。立ち入り禁止になっている屋上の扉は、壊れていて開かないのだ。力自慢の不良生徒が時々挑戦しているらしいが、誰一人としてあの鉄の扉に勝てた者はいないと聞く。

しかし、そこでまた想像が膨らむ。開かない鉄の扉に業を煮やした不良生徒達。そこに物音を聞きつけて現れた土方さん。不良たちはちょうどいいところに、と今度は鉄の処女に標的を移す。下着まで取り払われ、あわやというところに颯爽と現れる俺。殴りかかる不良たちを階段から落とし、涙ぐむ土方さんの手を握る。そして熱い瞳に見つめられ、「山崎、お前になら…」。これだ…、最高だ!

俺を待つ土方さんのため、階段を二段飛ばしで駆け上がった。
けれど無情にも、俺の前に現れたのは鉄製の扉、ただそれだけだった。

落胆して、やはり職員室だろうと階段を下るべく振り返ったけれど、何か違和感がある気がして足を止めた。その原因を探して狭い周囲を見回すと驚くべきものが目に入った。

開かずの扉が、少しだけ開いていたのだ。

走り回った後でまだ落ち着かない心臓が一層拍数を増やした。少し迷って、それでも扉に手をかけた。
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