話2
□冷気、骨髄に染み入る
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「今日も寒いアルなー」
「そうだねー」
昨日百均で買った温度計は八度を示している。結野アナが言っていた最低気温とジャストミートだ。
空には太陽の気配すらない。今日も私達のようにサボっているのかもしれない。
なにはともあれ、寒い。きっとそれは太陽がサボタージュしてるからってだけではないはずだ。
「銀ちゃん遅いアルなー」
「何やってんのかねーあの人は」
銀ちゃん不在。
片側が空いているせいで、いつもより風にさらされてしまう。新八一人じゃ防寒性能は低いのだ。風邪をひいたらどうしてくれるのか。これだからマダオは。
八つ当たりで新八の肩に頭突きを喰らわせる。
「…ひどくない?」
「男は何度も打たれて強くなるアル」
「またそんな屁理屈を…」
言葉と一緒に洩れる空気が白い。
この色付いた吐息が空まで昇って、雪になって降り落ちてくるのかもしれない。
それはなんとなくロマンチックだ。でもおっさんの息から出来たやつとかは臭そうで嫌だなと思う。
くしゅんと新八が小さくくしゃみをした。
そして何故か釣られて私もくしゃみ。
あくびみたいにうつるものだったっけ?もしかしたら銀ちゃんが私たちの噂をしているのかもしれない。
「あーあ、僕も告白とかされてみたいなー」
「私ね、実は新八って地味だなって思ってたアル」
「いや、そういう告白じゃなくて!しかもそれいつも言ってるじゃん!」
「そういう細かいこと言ってるからモテないアル」
留めを刺された新八が項垂れて、その分風通しの良くなった私の顔には寒風が吹き付けた。
くそう、寒い。
銀ちゃんはなかなか戻ってこない。適当に振って戻ってくると言ったのに。
もしや思いの外その子が好みで心変わりしてしまったのだろうか。結野アナ似とか、パティシエの資格持ってるとか、そんな感じで。
今まで考えもしなかったけれど、私たちはいつ離れてもおかしくないのだ。
三人でずっと一緒にいようだなんて約束をしたわけでもないし、恋人作らない同盟を結成したわけでもない。
だから、もし銀ちゃんが彼女を作って私たちとサボったり遊んだりしなくなってしまったとしても、責める権利なんて少しもないのだ。
私はこうしてじっと寒さに耐えるしかない。
温度計を見たら予想最低気温を一度下回っていた。結野アナの嘘つき。
銀ちゃんの嘘つき…。
それもこれも八つ当たりだと、自分でもわかってはいるけれど。
「おーい、みんなの銀さんが帰ってきたぞー」
「あ、銀さん!神楽ちゃんってばひどいんですよ!?」
「私は本当のこと言っただけアル!」
銀ちゃんの帰還に俄に活気づいて、私と新八は口々に遅いだの寒かっただのと文句を言った。
銀ちゃんは私たちの前まで歩いてきて、余裕の笑みを浮かべた。
「落ち着けって。あんまん買ってきてやったから」
「「銀時様ー!」」
新八と二人、文句なんて忘れて銀ちゃんの差し出したビニル袋に飛び付いた。
ようやく三人で並んで座って、私はいつものように北風から少しばかり守られた。
ほかほかのあんまんからは、3つの湯気がそれぞれに空へと昇って行く。
こうして出来た雪ならば是非とも降り積もって欲しいもんだ。
「ねぇ銀ちゃん、温度がね」
結野アナの予報が外れたと言ってやろうとして足元の温度計を見てみたら、なんと三度も上がっていた。
終
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