話2
□たぶん明日より素敵な今日
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無限大に見える空には雲一つなくて、馬鹿みたいに青い空がただ延々と続いている。何日ぶりかの青空だ。
そんなのを見たら、ふ、と
「海に行こうヨー!」
私がそう言うと、駄眼鏡と駄目天パはなんか呆れたような顔をしやがった。
「まだ6月だぞ」
「海にはちょっと早いんじゃない?」
これだからこいつらはモテないのだ。女の子が海に行きたいと言ったら黙ってオープンカーの一つでも持ってこいってんだ。
「どうせ私は泳げないから関係ないアル。愚民共、さっさと支度するヨロシ」
「あー、今ジャンプ読むのに忙しくて無理。二人で行ってこいよ」
「えっと、僕もお通ちゃんにファンレター書くので忙しいから…」
「お前らそれ家でやれヨ!」
なんのための屋外か、なんのための青空か。
日陰に引っ込んでいる上に日傘をさしている私が言うのもなんだけど。
でもこんな久しぶりの素敵な晴れ間に心を踊らせないなんて、人として生まれてきた意味がないような気がする。
微かに香るのは夏の匂いだ。浮かれてなんぼなのだ。ちょっと早い時期の海、最高じゃないか。
なのに、このぼんくら共!
ぺたぺたと上履きの底を小さく鳴らして、太陽の下の二人に近付く。
銀ちゃんも新八も紙っぺらに夢中で、立体の私のことなんて見もしない。
こんなどうしようもないガキとオタクには罰が必要だ。
隣合って腹這いに寝そべり、それぞれの平面世界にのめり込んでいる二人の後頭部を思い切り叩いた。
銀ちゃんの方はジャンプがクッションになった。けれど新八の顔の下には薄い便箋しかなかったから、もろに固いものと固いものがぶつかる音がした。
「何すんのさ!」
顔を上げた新八の、本体とも言える眼鏡は真ん中の方が少し歪んでいた。
鼻が潰れなかったのは純和風な顔立ちのお陰だろう。
それは良いとして、少しやりすぎたかもしれない。
「ったく。お前、どんだけ海行きたいんだよ…」
謝らなきゃと固まる私に、銀ちゃんが頭を掻きながら呆れたような声で言った。
その横の新八は外した眼鏡を目を細めて検分している。参ったなー、という呟きが聞こえた。
どうしても海に行きたいのかと言えば全くそんなことはなくて、私はただ、二人とこの美しい晴れの日を喜びたかったのだ。
結局それをこんな形でしか表現出来なくて、私は私が本当に嫌になった。
言葉足らずで、乱暴で、甘えてばかりで。今日という今日こそは、この二人に嫌われてしまったかもしれない。
そう思うとひどく悲しかった。昔飼っていたうさぎを死なせてしまったことを思い出した。
愛情は凶悪な刃に変わると、知っていたはずなのに。
「ごめん…」
震えそうな喉をなんとか制御してそれだけ言って、汚れた上履きの踵を返した。
教室に行って財布を取ってきて、新八に眼鏡代を払おうと思った。
でも考えてみれば中には千円も入っていない。
…どうしよう。
迷いながら足を進める。
俯きがちな目が見ているのは、日傘と合体した私のシルエットだ。なんとも滑稽な形をしていた。
私の心も、きっとこんな風に醜く歪んでいるのだろう。
「「まぁてぇぇぇ」」
「ぎゃぁっ!」
両足首を掴まれて、つんのめった。
「逃がさんぞぉ小娘ぇぇぇ」
「この恨みぃ晴らさでおくべきかぁぁぁ」
「な、何アルか…」
手が離れたから、また踵を翻して二人を見下ろす体勢に戻る。
「人様に暴力奮っておいて逃げんじゃねーよ」
「…違うもん、財布を…」
「お金で解決出来るほど僕らの傷は深くないよ?」
「………」
「お前に相応しい罰を考えてやったからよ。な、新八?」
「そ。君みたいな暴力娘には島流しくらいしなくちゃね」
「島流し…?」
「「イエス」」
ほふく前進体勢のまま私を見上げた二人の顔は、これでもかというくらいのドヤ顔だ。
なんとなくその真意を掴んだけれど、そんな粋な計らいの出来る奴等だったかと訝しむ。
そうして黙ってしまった私の足元では、
「あれ、喜ばねー」「島流し知らないとか?」「さすがにそこまで馬鹿じゃねーだろ…いや有り得るか?」
などと失礼な会話が交わされていた。
「海、行ってくれるアルか?」
さっき叩いた二人の後頭部に聞く。
「「まぁ、島流しだし」」
さっき紙とぶつかった二人の顔が、ドヤっと笑った。
その4つの瞳の中に私と青空が見えるような気がして、私の唇も自然と綻んだ。
終
次 冷気、骨髄に染み入る
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