話2
□失恋フライデー
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「あ、あのネ…。えっと、私、銀八のこと好きアル。だから、…私と付き合うよろし」
「おー…。うん、ありがとなー。でもせんせーは生徒に恋愛感情もつわけにはいかねェんだわ。ごめんな」
「そんなの…そんなのずるいアル!納得出来ないヨ!」
「納得出来なくてもそういうもんなの。ほれ、暗くなると危ないから早く帰れ」
そんな短時間の応酬で、私の人生初の記念すべき大告白は玉砕に終わった。
銀八の白衣をまとった背中が校舎に消えて見えなくなって、だんだんと辺りが暗くなって来てもまだ私は一人で立ち尽くしていた。
桜の満開の下の伝説なんて嘘っぱちじゃないか。そんなものに踊らされて期待した自分が馬鹿みたいだった。
風も吹かないのに桜の花がハラハラと落ちてくる。なんて心憎い演出だろう。監督を絞め殺してやりたい。
「そこの覗き魔降りてこい」
「気づかれたか」
睨みつけた樹上の花の間からいま一番見たくない顔が出る。そして枝をしならせ花を盛大に散らし、沖田は飛び降りてきた。
結構な高さがあったにもかかわらず、沖田は転びもせずに見事に着地した。こいつは小さい頃から体育だけは得意だったのだ。
「いつからわかってたんだよ。俺ァ随分前からスタンバってたんだぜィ?しかし銀八も冷たい野郎だねィ」
「…ばか」
「八つ当たりか?しょーがねー奴だなァ。今日だけは耐えてやらァ」
沖田の言葉を無視して桜の木の満開の花を見上げた。
こんなもの今すぐ全部散ってしまえと思った。けれど咲いたばかりのその満開は、風が吹いて私の前髪を揺らしてもびくともせずに寄り添いあっている。
あぁ、腹がたつやら悲しいやらだ。
もういっそのことこの枝で首でもくくってやろうか。きっとそのくらいすれば、あの冷淡な教師も私のことを忘れずにいてくれるだろう。
「アップルパイ」
「え?」
「食いたいだろィ?」
「…」
銀八の悲しそうな顔と、湯気と甘いにおいを放つアップルパイを同時に思い浮かべて、まぁとりあえず死ぬのは美味しいものをたらふく食べた後でもいいかと思った。
「お前の奢りアルか?」
「3つまでな。この大食い女」
沖田がそう言って私のブレザーの肩を軽くはたくと、桜の花びらが一枚落ちていった。
ぼんやりと見送ったら、つられたのか意識せぬ間に涙が一粒落ちた。あ・私・泣いてる、そう理解した途端にスコールのように涙が溢れてきてしまった。
特に理由もなく声を殺した。いくらでも涌き出てくるそれを殺しまくった。
それが最後の私のプライドだとか、なんだか本気なのかよくわからないことを涙でふやけそうな脳の片隅に思った。
あぁ今日が金曜日で良かった。きっと腫れ上がるであろうこの両目を銀八には見られたくない。
沖田は黙って私の側に突っ立っている。ハンカチやティッシュなんて気の利いたものこいつは持ってないだろう(私もだけど)。
いい加減詰まってきた鼻をどうしようだなんて、案外冷静な私は考えた。
終
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