話2
□俺たちは滅亡する
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とある呑み屋の個室、全開にした窓の枠に腰掛けて、高杉は夜空を仰いでいた。
その足元には既に幾本もの徳利が転がっている。一体何時間呑んでいるのか。人の仕事を増やしておいていい気なもんだ。
土方が部屋に入っても高杉はこちらを見ようとしなかった。睨み付ける土方の殺気に気付いているはずなのだが、動いたと思えば酒を口に運ぶだけだ。
呼び出しておいて無視とはどういうつもりなのか。これだからテロリストはモラルがなくていけない。
いよいよ捕縛時だろうか。苛立ちがそんなことを考えさせる。窓の方へと一歩踏み出すと、足の裏で古い畳が軋んだ。
「いずれ、俺たちの名も寺子屋で教えられることになるだろう」
「は?」
唐突に寄越された言葉を受け取り損ね、土方は思いがけず頓狂な声を出してしまった。
高杉がようやくこちらを見る。その顔は表情こそいつも通りであるものの、珍しく仄かに赤らんでいた。ザルの高杉に変化が現れるということは、余程長いこと呑んでいたのだろう。
「歴史は俺やお前を何者にするんだろうなァ」
「テロリストと警察だろーが」
他になにがあると問うと、高杉はゆるゆると首を横に振った。徳利のまま酒を呷り、濡れた唇を歪める。そして挑むような目で土方を見た。
「どちらが勝者で、どちらが敗者か」
「…下らねェ」
「たしかに下らねェなァ。だから…」
ぎっと畳を鳴らしながら、覚束無い足取りで高杉が寄ってきた。狭い部屋なのですぐに二人の距離は消える。電灯に照らされ、床には重なった不格好な影が出来た。
深く口付けられ、口内に酒の味が広がる。酒の弱い土方はそれだけで酔いそうだった。高杉は満足そうに目を細め、土方を見上げた。
「二人は結婚して幸せになりました、なんて結末はどうだァ?」
「んなもん寺子屋で教えるわけねーだろ」
「無粋なこと言うんじゃねェ。今宵は満月だ」
「意味わかんねーよ酔っ払い」
呆れ口調は二度目の口付けで閉ざされた。
着流しの隙間から手が差し込まれ、まさぐられる。特に抵抗もせず、なんとはなしに高杉の後ろ頭を撫でた。
いずれ歴史は俺たちを完璧に引き離すかもしれない。それこそ出会いもしなかった二人のように。
けれどそれがなんだというのだ。俺に必要なのは今だけだ。過去も未来も知ったことか。
温度が上昇してくる体に、秋の夜風が心地好かった。
終
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