話2
□Mr.Bright
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二次会の最後までいれば最終電車が去った直後で、もちろんタクシーに乗る金などない俺たちに残された帰宅手段は徒歩のみだった。
一駅分の距離をたらたらと歩く。そのうちに酔いもさめた。話す言葉も尽きて欠伸ばかりが出る。涙の浮いた目で見上げた空には雲が多く、地上の明かりを反射しているせいか薄ぼんやりと光っているように見えた。
ふいに、隣を歩いていた銀時がしゃがみこんだ。靴紐がほどけていたらしい。しかも両足とも。よく転ばなかったものだ。まだ完全には酔いがさめていないのか、どうやら苦戦しているようだった。
錆び付いたガードレールに軽く腰掛けて、取り出した煙草に火をつける。三十分ぶりくらいだろうか。本当は常に吸っていたいのだがそうもいかない。最近やたらと歩き煙草の取り締まりが厳しくて嫌になる。
非喫煙者の言い分もわからなくはないのだが、如何せん自分は中毒患者なのだ。しかも末期の。病気なんだからしょうがないよね、くらいの寛容さは欲しい。せめてこんな夜更けくらい。
銀時が顔を上げた。ヘッドライトに照らされて白くなった顔が、額を中心に歪んだ。
「お前、あと十分くらい我慢できねーの?」
そうくると思った。水面に映った虚像のように、俺も眉を寄せて睨み返す。夜更けの歩道に浮かぶ歪な相似関係。
見せつけるように、ゆっくりと煙を吐いた。
「少しくらいいいだろーが。今は歩いてもねェし」
「よくねーよ、ちったァ本数減らす努力をしろ」
「充分してるっつーの」
ここまで我慢しただけでも二、三本は減ったはずだ。これ以上を求められても病人である自分には為すすべもない。
禁断症状でそろそろ銀時に殴りかかってもおかしくないくらいだった。限界だったのだ。それをちょっと一服したくらいでギャーギャーと、やかましいったらない。役所に給料でも貰ってんのかよ。
「今だけ減らしゃいいってもんじゃねーんだよ。つーか禁煙しろ、禁煙」
「あぁ?なんでそこまで言われなきゃなんねェんだ」
退くどころか禁煙命令まで出してくるとは、本当に何様なんだと思う。
さっきから銀時の顔は白く光ったり黒に溶けたりと忙しい。俺を睨むように険しい表情を浮かべていることだけが一貫していて、それが何故か無性に腹立たしかった。
大型トラックでも通ったのか、足元に振動を感じた。銀時は黙って俺を見ている。俯いて、伸びた灰をアスファルトに落とした。
今年の冬は雪が降るだろうか。スニーカーの手前に落ちた薄汚い燃え殻を見て、なんとなくそんなことを思う。
「…体に悪いだろ?」
「何を今更」
小さな灰の塊を踏むと当然のことながら粉々になった。車が通る度、そんな地面の上の塵のようなものでも浮かび上がるようによく見える。だからといって誰かに得がある訳でもない。
どうも下らないことばかり考えてしまう。苛々する。まだ体内にニコチンが足りないのだろう。きっとらしくもなく我慢なんぞをしたせいだ。一気に五本くらい吸えば少しはマシになるだろうか。
「十四郎」
「んだよ、うっせェな」
「愛してるよ」
「アホか…突然なに言ってんだ。流れ読め」