話2
□甘やかな言葉
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冬の夜はえらく静かだ。
少し前まで喧しい程に虫たちが鳴いていたことを思うと、なんだか騙されているような気さえ起こってくる。
久方ぶりの会瀬の夜。隣で寝息もたてずに眠る土方へと手を伸ばす。頬にかかる黒髪をそっと避けてやり、そのまま少し戯れていた。
「時々、お前の声が聞こえんだ」
「俺の声?」
すっかり眠りこんでいると思っていたから、突然話しかけられたことに驚いた。言葉自体もなにやら突飛で一瞬寝言かと疑う。しかしどうやら覚醒しているのは本当らしかった。
さらさらと黒髪の先を弄んでいた指を一時停止させて、目を開いた土方の顔を見やる。
「巡察中とか、寝る前とか…たまに、だけどな」
秘密を洩らすかのようにひっそりと後ろめた気に、土方は言った。
薄明かりの中に白い顔がぼんやりと浮かんでいる。俺へと視線を寄越し続ける両の目には、あくびをした後のような薄い涙の層が浮かんでいた。
こいつは、こんなに幼い顔をしていただろうか。手を離せば途端に何処かへ迷いこんで行ってしまいそうな、そんな危うさを感じさせる。
横たわる体を抱き寄せると、土方は小さな塊のような息を吐いた。
「俺は、何て言ってんだ?」
「じゃァな、って」
「…愛してる、とかじゃねェんだな」
茶化すように言って少し笑う。土方はそれには応えず、黙って俺の首に腕を回した。その裸の腕が冷えぬように毛布を引き上げる。
このまま一生こうして寝床を共に出来ればいい。そしてそんな幻聴をこいつが二度と聞かずにすめば。
「土方」
「ん」
「明日からはまた暫く宇宙だ。…お前も、来いよ」
「…俺は、行かねェ」
「そうか」
それ以上は何も言わない。土方の
頑固さはよく知っている。どれだけ辛かろうが、こいつはきっと死ぬまで真選組を離れやしないだろう。たとえこれが最後の会瀬になるのだとしても。
土方は首に回していた手を引いて、俺の包帯ににかかる髪を払った。そのまま俺がさっきしていたように毛先を弄び始める。
断った罪悪感があるのか、土方は動かす自らの指を見るばかりで俺と目をあわせようとしない。別にこちらは気にしてなどいないのに。
なんとなく面白くないので、視線の先にあるその手を少し乱暴に握った。ヒヤリと冷たい指先は、たしかに今が冬であることを告げているかのようだった。
早く暖めてやりたい。
そんな俺の気持ちを察したのだろうか。土方は口許に笑みを浮かべ、手の力を抜いて目を閉じた。
「行かねーけど…待っててやるよ」
囁くようなその声は、遮るもののない静かな夜の中によく響いた。らしくない言葉だが幻聴などではない。思わず月光に晒した俺のにやけ面を、土方は見ていなかった。好都合だ。
「良い妻を持って俺ァ幸せだな」
「バーカ、誰が妻だ」
やっと俺を見た土方に向け、真剣な表情をしてみせる。会えない間はこの顔を思い出せばいい。そして俺の帰りを待ち焦がれていてほしい。
「なるべく、早く帰るからな」
「約束は守れよ?ダメ亭主」
減らず口を唇で封じてやると、愛してる、という幻聴が聞こえた気がした。
終
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