話2


□自転車坂道
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「お前しっかり漕げよ!」

「転がり落ちて死ね土方ー」

「ざけんな、そんときゃ道連れだ!」

総悟の漕ぐ自転車は、わざとなのか本気でコントロールが効かないのか、走り始めて少し経った今も安定感がまるでない。
文句を言っても一向に改善の傾向が見られないので、これは本当に転倒しかねないと不安になる。

鍵を無くした、漕ぐから乗せてくれ。なんて言っていたが本当に無くしたのかはわからない。
総悟は俺への嫌がらせのためなら多少の自己犠牲は辞さない男だ。それで何度痛い目にあったことか。
こいつとの思い出はどれもこれも溜め息とセットだ。ろくなもんじゃない。

そんな奴に運転を任せるなんて、俺も大概酔狂だとは思う。総悟×自転車×俺=事故、明らかに危険な公式が頭には浮かんでいたというのに。
それを承知した上で大人しく後方に収まっている俺は、酔狂というかただの計算出来ない馬鹿なのかもしれなかった。

アスファルトに落ちている丸い光が、右へ左へと忙しなく動く。
総悟の肩に掴まって立ち乗りをする俺は、命果てる直前の蛍のようだと思いながらそれを眺めていた。
我ながら季節外れな感想だ。秋の夜風が剥き出しの顔面に冷たい。

「そういやもうすぐ下り坂ですねィ」

「慎重に行けよ?」

「慎重にフルスピードでいきやす」

「死ぬわ!坂なめんな!」

ゆらゆら揺れながら、それでも俺と総悟の乗った自転車は前進していく。並走するのは危険と寒さと物騒な応酬だ。

坂はもう目の前だった。
傾斜が急なこの坂ではよく自転車事故が起きるらしい。通学路にするのは禁止されているが、時折帰りに使うことがあった。
仕掛けてくるならここだろうと緊張感に身を固める。

俺が掴む力を強めたのに呼応したのか、総悟の細い肩にも力が入った。

前輪が下りに差し掛かる。

直前。

ぎっ、と音をたて、自転車が止まった。

「どうした?」

「やっぱあんたと心中はごめんでィ。先帰って下せェ」

降りるよう促され、仕方なく地に足をつける。
総悟はハンドルを俺に渡して前かごから鞄を取り出すと、一人でさっさと坂を下り始めた。

心なしか、受け取ったハンドルが僅かに湿っている。

自転車を引いて総悟を追った。いつもは乗りながら下るから知らなかったが、予想以上の重力が手元にかかってくる。しっかり持っていないと負けてしまいそうだった。ハンドルを握る手に力を込め直す。

横並びになっても総悟はこちらに目もくれず、斜め下だけを見て黙って歩き続けていた。
安定して世界を照らす薄い月明かりの下で、その横顔はやけに幼く見える。

「どうかしたのか?」

「別に」

何の悪態も続かない素っ気ない返事。

「下着いたら俺が漕いでやるよ」

「…嫌でさァ」

何の悪態も続かない素っ気ない拒否。

一体何に機嫌を損ねたのだろうか。長い付き合いだが総悟の思考回路の仕組みは未だによくわからない。

諦めて、同じように斜め下を見ながら黙って歩く。自転車のライトは僅かに左右に揺れながら、それでも常に少し先にあった。






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