話2


□夏のあとに狂った春がきた
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「あーあ、さすがに疲れたねィ」

空は高く青く澄んでまさに戦争日和。

大地は赤を吸い込んで黒く染まっている。そしてそれを覆うように伏している人形の群れ。

焦げ臭さと生臭さが空と地の間に漂っていた。死屍累々の戦場跡地。

立っているのは僅か数名。血を浴びた黒装束の男たちだ。その中に大将がいることを確認し、とりあえずは安堵の一息をつく。

と、その隣にいた顔見知りの死神と目が合った。

だるそうな足取りでこちらに歩いてくる。

斬ってやろうか。いつもの癖でそんなことを思うけれど、さすがに今は人殺しにも飽きた。今回は見逃してやろうと、刀にかけた手を下ろす。

命拾いしたねィ。

あちこちに乾いた血のついた土方さんの顔は、ひどく固くこわばっていた。そのまま彫刻にでもなりそうだ。いっそなってしまえばいいのに。そうすればこの後始末なんかしないでゆっくり休める。

「一番隊は何人残った」

「見ての通りでィ。お前の目は節穴か土方コノヤロー」

顔を歪めた土方さんの口許からは、絶えず紫煙が立ち昇る。それは誰のためでもなく、空へと向かっていった。

あと数時間もすればここは広大な火葬場になるだろう。巨大な炎で仲間だった者たちを焼くのだ。俺の部下だった者たちももちろん。

おそらくは極楽とやらへ届けてやるために。働きに報い、死を悼んでやるために。

もちろん敵にはそんな弔いなど行われない。乱雑な手つきでゴミのように運ばれ、見せしめとして晒されるのだ。

しかしさすがに数が多すぎるから、首だけ取ってあとは焼いてしまうのかもしれない。

まぁどちらでも構わない。

自分の仕事は殺すところまでだ。あとのことは知らない。

おそらく死者の方だって知ったこっちゃないだろう。まともな死に方が出来ないことくらい覚悟していたはずだ。骸をどう扱われようが四の五の言う権利はない。

そんなこと、この人だってわかっているはずなのに。

「…ご苦労だった、…っ」

「なに泣いてんですかィ。いい年こいてみっともねェや」

俯いた土方さんは反論もせず、ただ黙って涙を落とし続けた。もちろん血の染みた大地はそんなことで洗われたりはしない。

なんとなく気まぐれで、大人げのないその体を抱き締めてみる。

途端にしゃくりあげ始めたものだから、試しに背中を擦ってみた。たまにはこういうのも悪くない。赤子の相手でもしているような気持ちだ。

鬼の副長だなんて、一体どこの誰が名付けたのやら。

「俺の…っせいだ…」

そんな言葉が聞こえたような気がした。けれど気のせいかもしれない。俺は黙って、震える背をただ撫で続けた。

土方さんの髪は返り血で湿っていたけれど、もう鼻が麻痺したのかなんの臭いも感じなかった。






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