話2
□こまったひと
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淹れたばかりの熱い茶が旨くて痛い。切れた唇の端に滲みるのだ。
思わずしかめた顔に、目の前の人は気づきもしない。左手には書類、右手には煙草。視線はもちろん書面。完全なお仕事スタイル。
本当なら今日は休みで、服装だけを見ればちゃんと休日用の着流しなのだけど。
袖から伸びる右手が動いて、灰皿に吸い殻を押し付けた。何百と繰り返してきた動作はもう体に染み付いているのだろう。相変わらず視線は書面上を滑るばかり。俺の存在を忘れているのかと思わせるほど見事なお仕事モードだ。
貴方のその手が、まさしく俺を今も痛めつけているんですけど。
休日にはきちんと休んでほしいと言った。そしたら殴られた。濃いめの茶が滲みる。
恋人の身を案じることの何がいけないのだろうか。公私は混同していない。彼も自分もオフで、二人きりで。そこに私的な思いを持ち込むことに何の問題があるというのだ。
大体、その書類は急いで読む必要のあるものではない。食堂のおばちゃんたちの給与確認で、年末までにざっと見て判子を押してさえくれればよかった。その旨はちゃんと伝えたはずだ。
その上でのこの状況。よくよく見れば、その目は無意味に上下左右に動いているだけのような気がする。
「あの」
「…何か用か」
「どうして無視するんです?」
「仕事中だ」
視線をさ迷わせるだけが仕事なら、とんだ給料泥棒だ。今日はオフだから給料は出ないけれど。
でも、なんにせよ、もっと大事なことがあるでしょうに。
「嘘はいけませんよ?」
左手から書類を奪うと、すかさず右からカウンターが飛んできた。
二度目は、食らってあげない。
空を突いた拳を包むように、柔らかく握った。案外この人の手は小さい。この小さな手に、あらゆる重荷をぶら下げている。
その荷を少し分けてほしい、そう願うことの何がいけないのだろう。
「何か、あったんでしょう」
「ねェよ…」
「そうやって強がられると、傷付きます」
現に唇の端はまだひりひりと痛むし。
俯く土方さんは俺に手を握られたまま黙りこくって、俺は着流しを纏ったその体が震え出す時をただ、待った。
終
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