話2


□おとなとこども
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「ふっざけんな!」

鳩尾を蹴られ、思わず手の力を緩めた。その隙をついた土方さんは畳をごろりと転がり、俺の拘束から完全に逃れてしまう。畜生、またしくじった。

盛大に咳き込みながらも、土方さんは立ち上がって俺を見下ろした。

「あーぁ、往生際の悪い人だねィ」

見返せばこちらが苛立つばかりなので、顔を背けてあらぬ方を見やる。降り落ちてきた溜め息を払うように頭を振ると、その脳天を叩かれた。

「そんなに俺を殺してェか」

「もちろん」

だって、こんなにも愛している。

かちりというライターの発火音。それに続いて、有害物質を吸って吐く呼吸音がした。俯いて見つめた畳には何も映らないけれど、土方さんが今どんな表情で煙草を吸っているのかは見えているように想像できる。
それくらい、この人の喫煙は何度も何百度も何万度も、繰り返されていることだから。

あぁ、日に日に愛しい人の肺は汚されていく。一呼吸一呼吸が死神を急かす。

そんなものに奪われるくらいなら、自分のこの手で今すぐに。そんな純粋な感情に誰がケチをつけられようか。まぁ完全に自分の都合しか考えてないんだけど。
でもそんな勝手な男を選んだのはまさしくこの人なので、ここは諦めてもらうしかない。

「言っておくが、俺は絶対にお前より長生きするからな」

「…命乞いならもっとうまくやんなせェ」

過剰な喫煙、不規則な生活、ストレス、マヨネーズと犬の餌、戦、狙ってくる攘夷浪士。思いつきをざっと並べてみただけで、この人が長生き出来ない条件は揃いきる。
それとも、土方さんは俺がさっさと死ぬとでも思っているのだろうか。それはそれで腹のたつ話だ。

「お前にはもう、寂しい思いはさせねーよ」

背けていた顔の両頬を挟まれ、土方さんの方を向かされた。

凛とした命の光を放つ瞳が、俺の眼前にある。それは、俺の幼い不安も欲望も全て見透して、その上で何もかもを受け入れようとしているように見えた。

そんな風に見てくれる人が、かつてもう一人いた。

「俺を殺せんのは、お前のいない世界だけだ。無駄な試みはもうやめることだな」

「…格好つけすぎでィ。こっちが恥ずかしいや」

土方さんは俺の照れ隠しを口許の笑みで受け流し、手を離して立ち上がろうとした。その腕を掴んで動きを止めると、瞬きだけで何だと問われる。黒い瞳はきらきらと優しい。

俺もいつか、こんな風にこの人を見つめてやれるだろうか。これじゃまるで兄と弟だ。俺はいつだって慈しまれるばかりで、歯痒くて、苛立ちすら覚えて、反抗して。

本当はちゃんと、対等でありたいのに。

「んだよ、黙りこんで。惚れ直したか?」

「…この格好つけ野郎をこれからどう鳴かしてやろうかって、考えてたんでさァ」

そう言った途端、土方さんは俺から目を反らした。慌てて逃れようとするその体を抱き締める。

このままじゃ悔しいから、今は俺の出来る範囲で、精一杯慈しんでやりまさァ。








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