話2


□夜空のこちら
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夜空のこちら


明日のテスト勉強をしていると、机の引き出しに仕舞っていた携帯の着信音が聞こえた。

この間の抜けた音楽が鳴る時、聞こえてくるのは間の抜けた声と言葉だというのを俺は知っている。

無意識に引き出しを開けていた。
本当は、あと三十分ほど集中する予定だったのだが。

まぁ聞こえてしまったものはしょうがない。
どうせ集中力は途切れてしまったのだから、あとは毒食わば皿までの原理に従うしかないだろう。

「んだよ」

「リーディングのプリントがないんだけどォォォ!」

「知るかボケ!」

リーディングのテストは明日の一限で、今はちょうど夜の9時を回ったところだ。
残り12時間を切ったところでプリントが無いことに気付くなんて、あまりに間抜けすぎる。

「ちゃちゃっとコピーするからよ、貸してくんね?」

「コーヒー一本な」

「くそ、背に腹は変えられねェ。
今からお前の家の前まで行くから」

「おう」

呆れつつ、それでも嬉しさが勝って、通話記録の残る画面をにやけ面で眺めた。

あ、着替えねーと。


☆☆


コピー機に小銭を入れて、坂田は束になったプリントのうちの一枚をセットした。
大きな蓋を閉めた手がスタートボタンを押すと、鈍い作動音がし始める。

俺は黙って隣に立ち、その姿を眺めていた。
すぐにコピーされた紙が一枚吐き出され、坂田が出来具合を確認する。
ちらりと見えた様子では、曲がって印刷されてはいるものの肝心の中身は読めそうだった。

坂田が俺の書いたものを見ていると思うと少し照れ臭い。
こんな展開が待っているなら、もっと丁寧に書けば良かった。

すぐ側の自動ドアが開き、冷気と客が店に入り込んでくる。
少し寒くて軽い身震いが起きた。もう少し厚い上着を選んでくれば良かった。

「時間かかっからマガジンでも読んでろよ」

二枚目をセットし終え、二度目のスタートボタンを押してから坂田は言った。

「昨日読んだ。なんか面白い話でもしろよ」

「ねーよ、何にも。あ、そういや免許取りたいんだよねー」

三枚目。

「紹介状やろうか?」

「くれんなら貰う」

「おう」

四枚目。

あとはろくに話もせず、プリントの束が二倍になるまでの課程を眺め続けた。


☆☆☆


「極細ポッキー食いてェ」

「チョコはマヨネーズかけるとうまくなるぞ」

「いやいや、細すぎてかけるとこねーだろ」

「束にしてかけて食えばいいんじゃねーか?」

「…グロい…つーか甘味にそれ以上の味付けはいらねェ」

結局坂田はその極細ポッキーと缶コーヒー二本をレジへと持って行った。


☆☆☆☆


「ほれ」

「ん、どーも」

渡されたコーヒーの缶で剥き出しの両手が温まる。
どうやら送ってくれるようで、坂田は俺の家の方へと足を進めた。

「あ、こっから俺の家見えるわ」

「あの真ん中のマンションだっけか?」

「そうそう」

薄曇りの空を目指すように並ぶ幾つかのマンションは、十年ほど前に一斉に建てられたものだ。
同時に、近くにある俺の小学校には転校生が何人かやって来た。
坂田は、そうして近所の住人となった子供のうちの一人だ。

中学に上がって同じクラスになるまで面識はなかったが、珍しい髪色のためもあって校内で坂田を知らないものはいなかった。
いや、校内どころではない。他校でも有名だったと思う。

今のやる気のなさそうな顔からは想像出来ないが、小中の頃の坂田はとにかく荒れていた。
先輩だろうが他校生だろうが大人数だろうが構わず喧嘩をし続け、しかも負けたことがなかった。
白夜叉なんてあだ名をつけられて、教師や父兄にまで恐れられていたくらいだ。

だから高校が同じになって、しかも三年で同じクラスになるまで、俺は坂田とろくに会話をしたことがなかった。

それが今では、プリントの礼にコーヒーを奢られ二人で夜道を歩いている。
しかも俺の方は内心大喜びで、だ。人生どう転ぶかわからない。

「俺んち八階なんだけどよー、こないだ気分転換でもしようと思ってベランダから星眺めてたら落ちそうになってさー」

「どんだけ身ィ乗り出してんだよ」

「なー?なんか命をもっと大事にしようと思った」

「そうしろそうしろ」

俺がそう言うと、坂田は少し笑った。
それを見て俺も笑う。

吐く息と、缶コーヒーの飲み口からあがる湯気が白く昇り続けていた。


☆☆☆☆☆


コンビニから俺の家までは五分とかからない。
途中で空き缶をゴミ箱に捨てた俺たちは、体を暖めてくれるものがなくなって早足になった。

家はもうすぐそこだ。名残惜しくて、けれど寒くて、少し冬の夜を恨めしく思う。

「ドライブ行っちゃう?」

俺の家に駐車してある車を見て、坂田は冗談めかして言った。
外灯の明かりがその横顔を薄いオレンジに光らせている。

動揺を悟られないように、寒さから逃れる素振りで首をすくめた。

「いいけど死ぬぞ?」

二人でドライブとか、絶対に運転に集中できない自信がある。

「マジでか。命大事にーとか言ったばっかだし、今日は止めとくか」

あっさり撤回されたことを少し寂しく思いながらも、冗談でも誘ってくれたことが嬉しかった。

それから簡単な挨拶をして別れたあとも、眠りに落ちる瞬間まで心拍数は上がりっぱなしだった。




短編集BL

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