話3

□050 明らかに包まれた
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盗んだ箱には、二本の煙草が入っていた。一本引き抜くと一本残る。当然の結果が、何故か心に刺さった。

終わりそうな夕方の光が、罪悪感と背徳感の影を壁面に伸ばしている。土方が煙草を持った右手を上げ下げすると、黒い影も呼応して動いた。

躊躇がないわけではなかった。窃盗に、喫煙。バレたら停学では済まない。

しかし、この犯罪が露見することはないだろう。学校内ならまだしもここは自室だし、被害者が誰かに訴える可能性もない。そんなことをすれば、あの男自身の罪も同時に暴かれるのだ。懲戒免職と二本の煙草、天秤に掛けるまでもない。

帰りのコンビニで買った百円ライターに火を点す。そのまま少し眺め、指先が熱さに耐えられなくなったところで消した。もう一度点け、今度は吹き消してみる。そんなことを何度か繰り返したあと、土方はようやく咥えた煙草の先に火を移した。

何度も見てきたから、吸い方は知っている。それでもやはり、見るとやるでは勝手が違った。なんともいえぬ異物感が肺を蹂躙する。

咳き込むようなことはなかったものの、慣れぬ味と感覚に土方は眉をひそめた。あの男と同じ表情を浮かべてやるつもりだったのに、歪んだ顔が直らない。煙を吐き出したい気持ちを抑えることだけで精一杯だ。

口には出さずカウントをとる。密かに数え続け、割り出した平均時間。ゼロを唱えたところで、そっと口を開いた。

努めてゆっくりと吐いた紫煙が、オレンジ色をした光線の中をゆらゆらと昇っていく。それを眺める土方の両目には、煙さのためか僅かに涙が浮かんでいた。

「苦ェよ……」

文句のような呟きをもらしても、鼻で笑ってくれるあの男は傍にいない。

片目を掌で覆うと、部屋は少し狭くなった。煙はどんどんと漂って部屋を満たしていく。匂いだけは、同じだ。

渡せなかった灰皿に、一口しか吸わなかった煙草をそっと置いた。弔いの花のように静かに、それは時の流れの中で朽ちていく。

もう一方の目も塞いで、真っ暗になった世界の中、失った温もりを想像した。もう触れられないのだと分かってはいるのに、求めることを止められないのだ。

「……晋、助」

呼べない名前を口にすると、それだけで内臓も骨も脳も火が点いたように熱くなってしまう。焦がれるあまり、胸がじりじりと痛い。

「……っ」

燃え出しそうな身を丸め、触れられない人をひたすらに想い続けた。
そんな土方の傍らで、盗んだ煙草はひっそりと縮んでいくばかり。

残るのは灰と、未練と……。









100のお題

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