話3
□白眼視クラッシャー
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「と、十四郎?」
堪えきれずに腹を抱えて笑い出した俺を、高杉は隻眼を丸くさせて見ている。きょとん、という言葉を具現化したようなその表情は似合わないことこの上なく、ツボにハマった俺は一層ゲラゲラと笑い続けた。
「…アホらしくて付き合ってられねェや」
「おいっ、そーご」
笑いすぎて出てきた涙を拭いながら呼び止めると、総悟はドアを開き、一歩外に出たところで立ち止まった。
「あんたら、お似合いでさァ。アホップルでィ」
「んだよそれ!」
不名誉な命名に異を唱えるも、総悟は振り向きもせずにそのまま出て行った。後ろ手に引かれた戸は今度こそきちんと隙間なく閉まり、準備室には俺と高杉の二人が残された。
「…笑いすぎだろォが…」
「だって、お前…っ」
思い出し笑いをすると、高杉はいい加減腹がたってきたのか眉根を寄せた。どうもその表情には可愛いげがない。
腕を伸ばし、脇に手を差し込んだ。
「お前も笑っときゃいいんだよ」
高杉がゲラゲラと笑う。それがおかしくて俺も同じように笑う。笑いすぎて腹が痛くて、そんな自分がアホらしくてそれすら笑えて…。
「…し、死ぬ…」
「喉から血の味が…」
「ちったァ…容赦しろよ…」
「面白かったんだから、仕方ねーだろ」
暫く笑い続けた後、ぐったりと床に並んで倒れこんで、荒い呼吸を整えた。
天井には誰が何時つけたのやら、靴の裏の後がいくつか残っている。俺もやってみようか。
もぞもぞと足だけを使って上履きを脱ぎ、勢いよく右足を天井めがけて振り上げた。
角度がまずかったのか、上履きは天井へは向かわず壁に当たり、なんとも見事に高杉の顔の上に落ちた。透明人間に踏まれているのかと思うほど完璧な位置だ。こいつ、笑いの神にでも取り憑かれたか?
「てめェっ!」
「ぎゃははは!悪ィ!わざとじゃねーから!」
上半身を起こして上履き片手にキレてる高杉に、同じように起き上がって笑いながら謝罪する。こんなに笑ったのは何時ぶりだろうか。もしかしたら明日は腹の辺りが筋肉痛になるかもしれない。
渡された上履きを履き直す。高杉は怒りが冷めやらぬのか、また可愛いげのない顔をしていた。俺の方も悪戯心がどうも収まらない。こうなったらもう今までの分を全てチャラにする勢いで、とことん仕掛けてやろうか。
少し動いて距離を詰める。
「おい…?」
沖田にされたように、口づけてみた。一瞬だけで、すぐに離れる。どうだ、ざまーみやがれ。小さな笑いが零れる。
高杉が呆けた顔で俺を見て、けれどそれはすぐにいつもの人をおちょくったような表情に変わった。
何かよからぬスイッチを押したらしい。
そう勘づいたが時は既に遅く、久々の全身脱力に見舞われた俺の体は高杉に抱き締められていた。
「あー、もう無理。襲うからな」
「…さっきまでの、反省は…どーした」
「これはお前が誘ったんじゃねェか。乗ってやるから有り難く思え」
「ちっげーし…!」
「まァ任せとけ。ぜってェ楽しませてやるからよォ」
「く、そっ…!どっからくんだ…その自信」
弱々しく抵抗する唇が、お返しとばかりに塞がれた。高杉の両手で柔らかく撫でられ、俺の体は律儀に反応して震えてしまう。
不快でしかないはずの感覚が今日は何故かそれほど嫌でもなく、気付けば俺の手は高杉の脱げかけたブレザーを力なく握っていた。
なんてこった。これは本気でヤバイ。
頭の一部が必死で脱出パターンを考え出そうとしている。しかし大部分は、これはこれで面白そうだ、なんて思ってしまっていた。我ながらイカれてる。俺の頭のネジは、笑いすぎたせいで弛んで飛んでいってしまったのかもしれない。
ゆっくりと、床に押し倒された。
「愛してるぜェ、十四郎」
「…うっせ…バカ…」
視界いっぱいを埋め尽くす高杉に向かって、最後の抵抗を放った。
終
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