話3

□てんにまします
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大きな窓の、通す光で出来た白い空間だけが、私のテリトリーだ。
だから曇りや雨の日はここに来られない。晴れた日の、陽が昇り沈むまで。それが、私に許された時間だった。

だから、冬はあまり長く一緒にいられない。

「これが、ブラキオサウルス」

「なっがい首アルな。肩凝りそう」

「恐竜も肩凝るのかねィ?」

「やっぱ大人になったら悩まされるアルヨ」

「大人になんかなるもんじゃねェな」

床に広げられた大きな恐竜図鑑は、光の中に右ページが、影の中に左ページがあって、なんだか別々の本を二冊並べているようにも見える。
新品のまっさらな白い紙に描かれた恐竜の姿はツルツルピカピカで、過去に生きていたというよりはこれから誕生するんじゃないかと思わせた。

でもきっとちゃんと、この首の長い恐竜は過去に生きて過去に死んで、今も未来もずっといつまでも死んでいるはずだ。
でなけりゃ沖田がこんな風に気に入って手元に置くわけがない。

「俺らの、何倍も、デカイんだぜィ?」

そう言って沖田は満足そうに目を細める。日が傾き始めて少し濃くなった影の中にあるせいか、その笑顔は哀しそうにも見えた。それは、私の心が今哀しみの方に傾いているからかもしれない。今日の日の、終わりが近い。

きっと、沖田はこれからこう言うだろう。

「死んだら、こいつにも会えらァ」

ほら、やっぱり。

沖田は生まれつき肺を患っていた。それは一族中が侵される遺伝的な病らしく、症状は軽い人も重い人もいたけれど、沖田は特に重い方だった。
成人まで生きられないと、宣告されたらしい。沖田の家族はお父さんもお母さんも、そしてたった一人のお姉さんさえ若くして死んでしまったけれど、それでも二十年以上は生きていたのに。

一人取り残された沖田は学校にも通えず、この大きな屋敷の中で早熟な死が訪れる日を待ち続けている。
それは死んでしまったものたちに会える時なのだと、自分に言い聞かせながら。

「それ、脱がねェのか?」

「次脱いだら出禁って言われたアル」

雨合羽のような白い服と、白いゴム手袋、そして目の下までくる大きなマスク。それらを着けることが、私がこの光の中にいる為の条件だ。
外のホコリや病原菌を持ち込まないように、使用人の男はそう言っていた。

「盗撮なんて悪趣味な野郎共でィ」

沖田が部屋の隅を睨み付ける。天井下に取り付けられた小型のカメラは、光と影の境目に分断された私たちをしっかり捉えているようだった。
きっと今頃、あの目付きの悪い使用人がモニターの前で見張っているのだろう。

「土方のヤロー、いつかぶっ殺してやらァ」

沖田がカメラに向けて中指を立てた。何かと理由を付けて、沖田はあの使用人に殺人予告を突き付ける。でもそれは愛情表現の裏返しなのだと私は知っていた。

きっと、連れていきたいのだ。いくら皆が待っているのだとしても、一人で向かうのはやっぱり寂しいんだろう。強がっていても本当は結構寂しがりな男だから。

「でもあいつ、しぶとそうネ」

「多分ゴキブリ並だぜィ?軍隊上がりだかなんだか知らねェけど手がかかりそうでィ」

「私なら…いつでも殺せるアルよ…?」

沖田の大きな目が、一回り大きくなって、私を見た。
 
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