話3

□てんにまします
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沈黙。
換気のための大掛かりなマシンの作動音だけが部屋に響いている。

連れていってくれと、私は暗に言ったのだ。それは沖田にも伝わっているはずだった。

「…お前は、駄目」

「なんで…」

私のことを好きなら、と言いかけて、乾いた舌は寸前で踏みとどまる。
好きだなど、言われたことはない。私が勝手に想って、通って、こうして心を許されていることで、一人合点しているだけなのだ。

恥ずかしくなってふせた目の先に、誇らしげに首をもたげるブラキオサウルスがいた。私も既に死んだものだったら、愛されたのかな。

このままここで、からからに乾いた化石になりたい。昼の光も夜の闇も生も死も忘れて、ずっと沖田の傍にいたい。

けれど、少し高めに設定された湿度は私の肌を汗ばませるばかりだった。

ちくしょう。
図鑑の上で、湿り気をおびた左手を丸く固める。この世を統べる真理を、この拳でぶち壊せたなら。

「神楽」

珍しく名前を呼ばれて、びくりと肩が震えた。

あと何度、この声が聞ける?ありあまる健康を身に付けているのに、私はとんでもなく無力だ。たった一人の命を救う力も、死への道に付き従う資格もない。握り拳は振り上げる先すら見つけられず、真っ白な余白の上で黙りこんでいた。

「俺…」

言葉の途中で沖田が咳き込んだ。慌てて顔を上げると、心配すんなと目で合図される。

何度か続いた咳の後で、沖田が荒くなった呼吸を鎮めるまでに少し時間がかかった。

「大丈夫アルか?」

「俺さ、」

「なに?」

「…先に行って、待っててやるから。だから…、お前は俺の分まで、せいぜい長生きしろィ」

そう言うと、照れ隠しなのか、病のせいか、沖田はまたごほりと一つ咳をした。

「うん…、うん」

何か気の利いた言葉を返そうとして、けれど嬉しくて哀しくてやりきれない気持ちで胸がいっぱいになって、ただ短い返事を繰り返すだけが精一杯だった。

それでも沖田は満足そうに目を細めて私を見て、それから誘うように視線を床に向けた。

光に入るぎりぎりの位置に置かれた、白い手。

私も影に入るぎりぎりの位置まで、拳を開いた左手を移動させる。



光と影の境目で そっと、小指が触れ合って

いつか皆死ぬのだという、その真理が

私たちを強く結んだ。










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