話3
□一年の計
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屯所からそれほど遠くない場所に、ほとんど朽ち果てたような小さな神社がある。いつ訪れても人気はなく、狭い敷地を囲うように立つ木々が、静かに俺を見下ろすばかりだ。
賽銭を放ると、底に当たる音がした。こんな神社に詣でる酔狂な奴は、俺以外いないのかもしれない。まぁそれも当然だろう。この寂れた社の様子じゃろくな神はいないに違いないし、もっとまともな神社なら他にいくらでもあるのだ。
それでも一応は手順を踏んで、目を閉じた。願うことはいつもない。願ったところで意味などないと思っている。神がいるかいないかはわからないが、少なくとも俺に恩恵を受ける権利はなかろう。罰なら下されるかもしれないが。
それでもこうして毎年同じ行為を繰り返してしまうのが何故なのか、自分でもよくわからなかった。挨拶のようなものかもしれない。
最後の一礼を済まして顔を上げると、視界の端に見慣れた派手な着物が入り込んだ。霜の降りた木陰の土をざりざりと踏みつけながら、そいつは俺の方へと向かってくる。
「遅ェ初詣だな」
「…どっかのバカ浪士共のおかげで年始から休みなしだったからな」
「苦労してんなァ」
呑気な返事に呆れながら、無性に煙草が吸いたくなったので取り出して火をつけた。一応敷地内での喫煙は遠慮していたのだが、高杉と顔を合わせたらそんなことはどうでもよくなってしまった。
「苦労させてる奴に言われたかねェ。つーかなんでいんだよ」
「お前が来る気がしてな」
「このストーカー野郎」
「それはお前んとこのボスゴリラだろォが」
「…まぁ否定はしねェけどな」
今朝もいそいそと出掛けて行ったっけか、と見送った広い背中を思い出す。きっと夜にはあの背をしょんぼりと丸めて帰ってくるのだろう。あれほどあの人に想われて、それでも落ちぬあの女の心理が俺にはよくわからない。もし俺が女だったら…
「そんじゃ早速、姫初めするか」
腰を抱かれて一時思考が止まった。思わず口から落とした煙草を、高杉が踏み潰して消す。
「しねェよ!バカか!つーかバカだ!」
逃れるべく体を動かしたが、予想以上に強い力が俺の着物を掴んで離さなかった。強引に離れようとすれば脱げてしまうかもしれない。それはそれで非常によろしくない事態だ。
「おい、落ち着いて考えろ。ここは何処だ?神社だぞ」
「なんか背徳的でヨさそうじゃねェか。人気もねェし御誂え向きだろ」
「んなわけあるかァァァ!クソが!くっつくな!」
「口の悪ィ姫だ。ちょっと黙れ」
無理矢理にでもと高杉の手を引き剥がそうとし、実際それには成功したのだが…
「んんっ…!」
着物から離れた手に俺の顔は捕らえられ、そのまま強引に口づけられた。歯の裏を舌の先でなぞられ、その感覚の鮮烈さに思わず目を閉じる。思えばこうして触れあうのは随分久し振りだ。
埋もれかかっていた記憶が掘り起こされ、その代わりに理性が地中に沈んでいく。
白昼堂々神社の境内で、しかもこんな男と、何をやっているんだ俺は。
そんな自嘲はすぐに恍惚に代わり、
「…せめて、板の上にしようぜ」
気づけば派手な着物の袖を握り、高杉を誘っていた。
終
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