話3
□咳をしても、
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咳をしても、(原作 高土)
ひどく、咳の出る日が続いていた。
二酸化炭素を多く含んだ息が、肺から口へと強く押し出される。それが擦れるせいなのか喉の粘膜もやられて傷んでいた。
咳とそれに伴う体の痛み以外には、特に症状らしきものもなかった。ためしに測ってみたが熱もない。眠るときには不思議と治まるから、不眠に悩まされるというのでもなかった。
風邪ではなく、喘息とも違う。ただただ起きている間中、咳ばかりをしている。
また子や武市が次から次へと咳止めの飴やら薬やら、謎の民間療法やらを仕入れて持ってくる。その相手をしたり、適当にあしらったりしているうちに一週間ほど過ぎた。
結局俺の咳は止まらない。肺に悪いと万斉に煙管を取り上げられ、口寂しさをのど飴で誤魔化しているような状態だった。念のためと付けたマスクの鬱陶さに慣れることが出来ず、日に日に苛立ちが募る。
それでも俺が黙って耐えていたのは、本当はこの咳の正体がわかっていたからだ。
「晋助さま、もうすぐ地球っす!これでやっと医者に行けますね!」
「なにか悪い病気じゃないといいんですが…」
「心配はいらねェよ。すぐ治る」
言った途端に咳が出た。また子が駆け寄ってきて背中を擦る。炎症を起こしているらしい喉は、舌の先でなぞると血の味がした。
スクリーンには近付きつつある地球が映っている。あと20分程度で着くだろう。痛む胸を押さえ、青い星を見据えた。
この咳の原因であり唯一治療の出来る男が、其処には暮らしている。
まったく。厄介な呪いをかけてくれたもんだ。
うっすら笑みの形にした唇からはまた咳が漏れ、急かすように俺の胸を打った。
「遅ェ」
呼び出した男は不機嫌そうに、路地裏で俺を待っていた。咳をまた一つごほりとやり、土方の待つ薄暗い場所へと入り込む。
「早く治せ」
「久しぶりに会えたってのに…冷てェな」
「っ…!」
マスクを外され、口付けられた。口内を舐め回され、吐く息も吸う息もことごとく奪われる。このまま喰われるんじゃないかと思ったが、何故か抵抗する気にはなれなかった。情けなくも、胸にあるのは諦観と、愛しさだけだ。おそらくはこれも呪いの一環なのだろう。
「…待ってたんだ」
薄闇に浮かんだ土方の笑みは美しかった。荒く呼吸を繰り返しても、もう咳が出ることはない。思ったとおりだ。あれは呪いだったのだ、俺を此処に引き戻すための。
「もう、何処にも行くなよ」
「…暫くは、居る」
「それから?」
「考えんな、頼むから」
「お前は…ずるい奴だな」
「人のこと言えねェだろォが…」
咳は止まったものの、ダメージを蓄積し続けた喉や胸は未だに痛んだ。それでも、再び此処を発つ頃には治っているだろう。
落ちたマスクを踏んで、土方を抱き寄せる。
「体が二つありゃァなァ」
「無駄だ」
「あ?」
「どうせどっちも欲しくなる」
「ハッ。強欲な野郎だ…」
首の後ろに手を回し口付けをしながら、次の呪いのことを思った。
終