話3
□馬鹿野郎と意地っ張りと板挟みの俺
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がんっと音をたてて椅子が一つ転がると、教室中の空気が一瞬で凍りついた。
無機物愛護団体に訴えられるぞ。っていうか持ち主が泣くぞ、俺だけど。俺は今回なにも悪くないにもかかわらず(大抵悪くないんだけど)この仕打ちは何だ。
窓際の席は5月らしい爽やかな日溜まりになっていたのに、殺気が充満したせいで俺の背筋には悪寒が走った。なにもこんな長閑な日に喧嘩なんかしなくても。
ぼんやりと胸中で咎める俺など眼中に入っていないのだろう。殺気を出して睨み合う二人はただ互いの動きだけに神経を集中させているようだった。まばたきもしていない。もともと目つきの悪い奴らだからその凶悪さは尚更だ。人間というより獣に近い。
そのまま野生に帰って俺のことを忘れてほしかった。
「テメーの立場が悪くなったからって暴れてんじゃねーよ、バカ杉」
「あぁ!?テメーが悪ィんだろうが。この意地方!」
「もう止めろよ…恥ずかしいだろ」
つい出てしまった本音は、慌てて口を塞いだところでなかったことになるはずもなく…
「「上等だコラァァァ!表出やがれ!!」」
「うえェェェ!?」
左腕を土方、右腕を高杉に拘束され、ずるずると教室を引きずり出されることになった。
もうすぐ五限が始まるというのに、またこいつらはサボる気なんだろうか。俺はもともと少しも真面目じゃないけれど、この血の気の多いバカ二人にはさすがに付き合いきれない。
どれだけそう思っても結局はこうして拉致られるのが常なんだけど。
あァ、カムバック平和。カムバック自由な高校生活。廊下の窓から晴れ渡った空を見つめて祈った。
けれどそんな健気な祈りを捧げる俺の両脇で、高杉と土方がまた言い争いを始める。
「今日は天気もいいし屋上行こうぜ」
「先客いたらうぜェから準備室でいいだろーが」
「いつもいつもあんな所いたらテメーみてェに陰気になんだろーが。屋上だ」
「だァれが陰気だ!テメーが脳天気バカなだけだろーが!!」
「んなわけあるかァァァ!」
「ちょっ…人を挟んで喧嘩すんの止めてくれねェ…?」
「「うるせェェェェ!」」
ここは廊下で、しかも同時に五限開始のチャイムも鳴って、けれどそんな健気で真っ当な音なんて掻き消す勢いで、自分勝手な獣二匹は大声を張り上げた。なんで常識的なことを言っただけで怒鳴られなければならないんだろうか。
「「つーかテメェはどっちの味方だ!?」」
両側から噛み付く勢いで詰め寄られた。
「あー…そうだねェ、どっちって言われても…」
俺はどっちの味方でもないし、こんなステレオ効果はいらない。頼むから俺の耳をこれ以上おかしくしないでほしい。ただでさえ英語がろくに聞き取れずにネイティブの先生に嫌われているというのに。外人特有のオーバーリアクションで蔑まれる俺の身にもなってほしいもんだ。
ていうか先生誰か止めてよこいつら。廊下ですれ違う誰も彼も、助けてと訴えかける俺の目を見ようとはしなかった。今なら死んだ魚と評される俺の瞳もアイフルチワワの如き輝きを発しているはずなんだけど。
右へ左へと腕を引っ張られ、これがどちらも可愛い女の子なら幸せなんだけど悲しいことにどちらも男でしかもおっかない。校内でも校外でもこいつらに注意出来る奴なんて殆どいないのだ。わかってるけどそれでもその僅かな助けを望んでしまう。
そして俺の輝く瞳は虚しく空中に星を散らした。ていうかコレ涙かもしれない。
「こうなりゃじゃんけんだ!」
「上等だコラ!三回勝負な!!」
「「最初はグー、じゃんけんっ…!」」
小学生かよ。
全く俺はなんだってこんな奴らとつるむはめになってしまったのか。山に暮らしていたんだから危険を察知する能力とかが身についていてもよかったはずなのに。実際のところ何にもわからなかった。むしろ田舎から出てきたからここいらの不良事情なんて知らなかった。
二年に上がってこいつらと同じクラスになったのが運の尽きだった。
「よっしゃァ!」
「一勝ぐらいで喜んでんじゃねーよ!」
「ハッ、負け犬が吠えてやがる」
「うっせェ、次だ!」
なんなのこの白熱具合。たかだかサボリ場所を決めるだけで。どうせ明日も明後日もサボるんだからどっちかが譲りゃいいのに。
こいつらの精神年齢は絶対に高校二年生まで上がってはいないだろう。中学二年生、いや小学二年生あたりで止まっているに違いない。
しかしそう考えるとそんなガキんちょ二人に毎度毎度いいように扱われている俺は一体何なのだろうか。人間以下だろうか、犬みたいなもんだろうか。
…………………。
あ、ヤバい、ちょっと屋上から飛び降りたくなってきた…。