話3

□ふたりちりばな
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「………」

「………」

「…自分にがっかりした」

「見事なもんだな、この花ば」

おそらくは「たけ」と続けるに違いなかった高杉の口を慌てて掌で封じる。言葉にならなかったところで目の前の現実が覆されることなどない。分かってはいるが、ただ聞きたくなかったのだ。
認めたくない。自分の深層心理がこんな場所を求めていただなんて。きっと誤作動が起きたか、そもそも不良品だったのだろう。天人の作るものなど当てになるわけ…

「っ…」

掌を舌の先でくすぐるように舐められ、思考は中断した。離そうとするが、手首を掴まれ阻まれる。強い力に骨が軋んだ。睨み付けてやるが、高杉は不敵な笑みでこちらの殺気を受け流す。こうなってしまうと思いきり振り回しても離れない。この男は自分がしたいと思ったことには全力で食らい付くのだ。そして飽きるまで離れない。すっぽんかよと言いたくなる。

「…つーかこれどうやって戻んだよ」

「時間がくりゃ戻る」

掌の中心から中指にかけて、ゆっくりと舐めあげられた。なるべくそちらに意識を向けぬよう、辺り一面に広がる呑気な景色へと視線をやる。色とりどりの花と微かな甘い香り。女なら喜ぶだろうが、生憎自分には花を愛でる気持ちなどなかった。一分も見ていないのにもう飽き飽きしている。
さっさと戻りたいが、時間がくれば戻るということはそれまでは此処にいるしかないのだろう。まことに不本意な状況だ。自由な方の手で髪をかき混ぜ、溜め息をついた。

「皺なんか寄せてんなよ」

「てめっ…!」

突然足を払われ押し倒される。迂闊だった。普段ならこんな簡単に足元を取られたりはしない。高杉の行動になるべく注意を払わないようにしていたのが間違いだった。この男は無視されることを何より嫌うのだ。

瞳には得意気な高杉の顔が映り、鼻孔には強く甘い香りが入り込む。
慣れない刺激のせいで、頭の中がぐらりと揺れた。甘ったるいものは大の苦手なのだ。一面にマヨネーズをかけて中和してやりたくなる。

「良い画だな」

高杉は目を細めてそう呟くと、無造作に近くの花をむしりとり、俺の胸元に散らし始めた。不意をつかれた花々は、断末魔をあげるように一層強く香る。

繰り返し、繰り返し、無惨に引きちぎられた花が降り注ぐ。生き埋めにでもする気かと思うくらい執拗に。

「なァ」

「んだよ」

高杉は花を散らしていた手を今度は俺の頬に添えた。指の腹が輪郭を確かめるように動く。

「あの機械は本当は、人間を殺して冥土に送るためのもんだ」

「は…?」

「つったらどォする?」

下らない冗談だ。それでも、ここが俺の深層心理の望んだ場所と言われるよりはマシかもしれない。

「…それなら、悪くねェな」

素直にそう呟くと、高杉は珍しく穏やかな笑みを俺の前に晒した。形を崩さぬまま、その顔はゆっくりと下降してくる。

閉じた瞼の裏には明るい闇が映り、鼻孔には慣れた香りがするりと入り込んだ。唇には温かく柔らかな感触。

絡み合う舌。髪がゆっくりととかれる。つむじの傍を風が通り抜けていく。思考が渦を巻いて白くぼやけ、此処が何処かなんてどうでもよくなってきた。

俺が深層心理で望んだとすれば、やはりそれは花畑などではなかっただろう。もっと殺風景だってきっと構わなかった。

こうして二人、傍にいられるなら。








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