話3

□三人寄れば
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「とーお?」

「あ?」

舌足らずな声が掛けられるのと同時に、着物の裾を引かれた。

足を止め斜め後ろを見下ろすと、きょとんとした顔の子供と目があった。まだ幼児と読んでもいい年齢の子供だ。高杉にはこんな幼い人間の知り合いなどいない。しかし、どうも不快な既視感があった。自然と眼光が鋭くなる。

高杉の殺気を感じたのか、あるいは求めていた人物と違うことに気付いたのか、子供の目には瞬く間に涙が溜まった。眉間には皺が寄り、唇が震えている。今にも大声をあげて泣き出しそうだ。

ここは午後の街中で、高杉は潜伏している身の上。あまり人通りは多くないものの、騒ぎを起こして注目を集めるのは避けたかった。

すぐに立ち去ろうとするが、子供が手を離そうとしない。涙の浮いた目で高杉を真っ直ぐに見上げている。置いて行く気なら泣き叫んでやる、そんな声が聞こえた気がした。

「…んだよ、こいつ」

「いないいないなの」

「は?」

「とーとしー、いないいないなの」

子供は繰り返し何事かを訴えてくる。おそらく親かなにかとはぐれたのだろうが、もちろん居場所を聞かれたところで高杉にわかるはずもなかった。

「知らねェ、俺に聞くな」

「うぇ…」

「くそっ、泣くんじゃねェっての…」

通りすがる人間がちらちらと視線を寄越してくる。こんな何もない往来に立ち止まっているのだから当然だろう。しかも泣きそうな子供と二人きりだ。このままでは通報されないとも限らない。

「ろう!」

どうしたものかと溜め息をついた時、少し離れた場所から声が聞こえてきた。見れば、どうやら兄らしい少年がこちらに駆けてくる。

「しーいたのー」

「あー、良かったな」

笑顔になった子供に適当な相槌を打ってやる。今すぐ立ち去りたいのに、いまだ高杉の着物の裾は握られたままだ。

「すんません、こいつ迷子になっちまって」

走ってきた少年が息を切らしたまま頭を下げた。年は十に満たないくらいだろうか。どうやら兄弟らしく、顔の作りがよく似ている。似すぎているような気もする。

高杉は先程より強い既視感に見舞われた。しかし、誰に似ているのかは未だに思い出せない。おそらく大した知り合いではないのだろう。

礼はいいからさっさと連れて行けと思いつつ、高杉は足元にまとわりついたままの子供を視線で示した。

「あ、すんません。ろう、行くぞ」

「やー。しってるのー」

「知ってる?」

兄が問うと、ろう、と呼ばれた子供は裾を一層強く引いて頷いた。

二対の黒い瞳が、高杉を見上げる。

瞬間、高杉は既視感の正体に気付いた。

反射的に刀を抜こうとする。しかし、その動きは途中で封じられた。

高杉が抜きかけた刃には、少年の脇差しが当たっている。長年の経験がなければ成し得ぬような、速く正確な動きだった。この年頃の少年の中では、群を抜いて才があるだろう。

しかし、高杉の腕ならば彼を切り捨てることなど容易だった。それをしなかった、否、させなかったのは…

「高杉か」

背後から静かに自分の名を呼ぶ声があった。背中には刃の当たる感触。不思議と殺気は感じなかった。それどころか、気配すら希薄だ。

不覚だったと高杉は舌を打つ。いくら一瞬虚をつかれたとはいえ、こうも簡単に挟みうちにされるとは。

背後の男に殺気はないものの、下手に動けば即座に斬られるだろうという確信があった。目の前の少年に至っては動かなくても斬ってきそうだ。剥き出しの幼い敵意を隠そうともしない。

「とう、今なら簡単に殺れんぞ」

「だめなのー」

「あー…ろうが止めろつってる。とりあえず場所移すぞ」

「…わぁった。おい、テメェ、変な真似したらぶっ殺すからな」

瞳孔の開ききった目で睨み付けられた。血肉に飢えた獣を彷彿とさせる表情。

高杉はそれと同じ顔を幾度も見たことがある。戦場や、夢や、鏡の中に。

「いいぜ、付き合ってやるよ」

傷を負うことも目立つことも覚悟で、思いきりこの二人と殺り合いたいという気持ちもある。しかし、それよりも好奇心が勝った。

高杉は抵抗の意思も見せず、大人しく彼等の行く方に従った。





 
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