100のお題(1-40)


□002 それこそ人とは曖昧なもので
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「寝不足か?」

「お陰様でな」

浮かんだ涙を手の甲で拭うと、すぐにまた二度目の欠伸が出た。今度はその涙を高杉に舐めとられる。眼球にまで舌が触れそうで反射的に瞼を落とすと、高杉の舌先は俺の鼻筋をなぞり、上下を結んだ唇に降りてきた。熱くて柔らかい舌に呆気なく侵入される。縦横無尽に口内で暴れる舌を押し出す術はなく、諦めてしたいようにさせてやった。

頭の中で秒針が回る。あと、10秒だけ…。

5秒…、

1秒…。

「っ…時間だ」

顔を離し胸元をまさぐる高杉の手も退けて、一人布団から出た。乱れた着衣を直し、濡れた唇の端を手の甲で拭う。

「まだ帰したくねェんだがなァ」

高杉は不服そうな顔で俺を見上げ、着流しの裾にじゃれつくように触れた。掴んでこないところを見ると理解はしているのだろう。これ以上の猶予はない。

「…わかってんだろ?…無理だ、じゃーな」

もう全力で走ってやっと間に合うくらいなのだ。日が昇るまでの残りわずかな時間のうちに、俺は屯所に戻らなければならない。春が近付くに従い夜は短くなって、会っていられる時間も目に見えて減ってしまった。名残惜しいのはお互い様だ。

「あと幾度、こんな別れを繰り返すのやら」

背を向けた俺を、高杉の煙管から伸びた煙が追いかけてくる。捕まらないように足早に部屋を出た。屯所にはやたらと鼻の利く奴がいるのだ。余計な勘繰りをされるわけにはいかない。

高杉と真選組は、どうしたって相容れぬ存在だ。こんな関係がバレれば俺は…、何度もしてきた空想が自然と足の進みを速めさせる。薄暗い廊下を抜け戸を開いて外へ出て、悪い未来から逃れるように、夜と朝の境界を全力で駆けた。







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