100のお題(1-40)
□013 魂からほどけてしまえ
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明け方の少し前の時間。土方が泣いているのを俺は知っている。
声を殺し身を固め、雨に濡れる石のようにひっそりと、泣くのだ。
土方の心は、ほとんど分裂して二つの場所にある。そんな状態が続いて、辛くないはずがなかろう。
それを知っていながら、俺は隣で狸寝入りを続ける。静かな寝息が聞こえたところで、ようやく目を開くのだ。
消えかけの月明かりを浮かべる黒髪をそっと撫で、無情にも訪れる朝を呪いながら目を閉じる。
それが、常だった。卑怯だとは思いつつ、ずっと変えられなかった。
「殺したくなる……」
「……物騒な寝言だな」
その晩もいつものように寝たふりをしていたのだが、土方の言葉をやり過ごせずに口を開いた。いつもなら土方は何も言わないし、独り言ではなく、俺に向けて言っているのだと分かったからだ。
「…………」
こちらを見る濡れた瞳は、光を朧気に反射させてその奥の真意を隠していた。霧の深い森のようだ。何も見えない。
「俺はいつも熟睡しちまうからなァ……。殺されても、気付かねェだろうよ」
「……なら、俺が死んでも気付かないよな?」
「それは駄目だ。んなこと考える余裕なんざ、なくしてやるよ」
衣擦れの音をわざと大きくたてて、土方に覆い被さる。
観念したように瞼を落とした土方の両の目尻からは、無音の涙が零れた。右は掬えたが、左目から流れた雫はそのまま黒髪の中へと消えていく。
濡れた人差し指を舐め、口移すように土方にキスを落とす。柔く開いた口の中で交わると、涙の味はすぐに薄れて消えた。
「どうして俺たち……」
「……忘れろ、今だけ……」
そうしてまた唇を重ね合わせて、水音の中に現実を隠す。
土方が本当は俺に殺されたがっているのだと、知っていた。その望みは叶えられないと悟っていることも。
いつか本当に、土方は俺か自分を殺してしまうかもしれない。そうでもしなければ終わらないのだ。裂けた心は二度と戻らない。
「…………」
息を吸う土方の唇がまた、どうしてと動いた気がした。俺はまた素知らぬふりを通した。
胸元に手を這わせて、愛撫のふりで鼓動を確かめる。温かい律動を掌に感じて、束の間の安心を得た。
終
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